- はじめに:4年目の終わりにあたって
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昨年、このコーナーに掲載した自分のコメントを読み返しながら福島での原発事故からの3年間を振り返り、自分は4年目に何をすべきかを考える、と書いたのですが(1)、2013年の暮れから始まった環境省の専門家会議(2)の座長を務めた関係もあり、コメントが書けないまま4年目の終わりになってしまいました。
ちょうど専門家会議として中間取りまとめを提出したところでもあり、3年目の終わりに書きたいと思っていた、表題の「科学者の合意と助言」について書きたいと思います。
- この4年間の科学者の議論
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この4年間を振り返って、謙虚にそして真剣に、福島の原発事故に関連する科学者、専門家の意見の発表を分析してみます。人々の関心が高い放射線の健康影響に関しては、さまざまな意見がありました。原爆被爆者の経験から100ミリシーベルト以下の低線量放射線の影響は日常生活のリスクにまぎれて観察することが出来ないという意見、年間1ミリシーベルトという値は安全管理の立場から日本の法律でも考慮されているのだから、1ミリシーベルト以上は危険であるという意見、さらに、放射線は0でなければリスクは存在するという意見まで、それぞれの意見が対立したまま主張されてきたように見えます。
さらに福島の現状に関しても、すでに甲状腺がんが増加しているのは明らかで、至急対策を講じなければいけないと主張する科学者もいますし、福島県民健康調査の検討委員会のように、現在増加しているとは考えにくいという報告もあります。
こうした科学者間の議論に加え、それぞれの意見に科学者ではない一般の支援者が存在し、自分の主張に一致する科学者を支援する一方、意見の異なる科学者を誹謗するといったことが起こっています。
- 科学者への信頼の失墜
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科学者が自分の考え方、研究結果などを自由に発言して、科学者の間で相互に議論を尽くすことが、科学の発展にとって大切であるということに、議論の余地はありません。しかしこの4年間、様々な科学者の個人的な意見が、そうした科学者コミュニテイの中での科学的な討論、議論、さらに評価の過程を経ることなく直接社会に発表されてきました。それが、この間の混乱の大きな原因の一つのように思われてなりません。
さらには、原発事故という大きな社会的な出来事とその後の情報発信の過程で、日本の既存の科学、科学者コミュニティ全体が社会の信頼を失ったことが、その背景にあるように感じます。事故で被害を受けた方々が、今まで安全だと言って来た指導的な科学者に対して不信感を持つのは、当然のことと理解しなければなりません。
- 医学界における合意形成の実例
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私は医師なので、上記の科学の話を医学に置き換えてみます。医学の発展のためには各人が自由な立場で研究し、その成果を学会で討論することは必須です。しかしながら具体的な診断、治療にあたっては、それぞれの医師が自由に個人の研究成果、個人の学説にしたがって診療を行うことはあり得ません。過去のあらゆる研究成果を含めて医学的に評価された専門の医学者の合意、例えばガイドラインに従って診断治療を行うのが当たり前になっています。国際的にも、重要な病気の場合にはWHOなどの国際機関や国際学会が、科学者の合意として勧告あるいはガイドラインを発表しています。
また具体的な治療にあたっては、主治医、看護師などの医療者と患者およびその家族が一緒に、ガイドラインを含めた医学的な現状、治療成績などの客観的な資料を参考にしながら、患者自身およびその家族の同意(インフォームド・コンセント)を得て治療を進めています。
- 放射線に関する国際的な合意形成
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放射線の健康影響については、古くは、放射線(主としてレントゲン)を取り扱う人たちに急性影響について勧告する「国際X線・ラジウム防護委員会」が存在し、現在はICRP(International Commission on Radiological Protection、国際放射線防護委員会)に形を変えて(3)います。世界の専門家を集めたNGO団体で、放射線防護の大系を専門的に詳しく議論し、ICRPの合意としての報告書を定期的に、また必要に応じた分野で発表しています。詳しくはコメント(4)を参照ください。
原子爆弾を経験した第2次世界大戦後に設立された、WHO (World Health Organization、世界保健機構)、UNSCEAR (UN Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation、 原子放射線の影響に関する国連科学委員会)、またIAEA(International Atomic Energy Agency、 国際原子力機関)等は、国際機関として、定期的にあるいは社会の要請に合わせて、放射線の影響に関して世界の専門家を集め、討論した結果のまとめを報告書あるいは勧告の形で報告しています(5、6、7)。
- 福島の状況の推移
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福島の原発事故に関して上記の国際機関の報告書では、放射線の生物学的、医学的影響は現在何も発見されていないこと、将来も認識可能な程度の疾患の増加は期待されないことが書かれています。報告書の中では、委員会は過去50年以上にわたる科学的な知識に基づいて福島の事故を検証したと記載されています。
しかしながら、「放射線の影響はわからない、低線量被ばくの影響には不確実なところがある」という感覚からくる恐怖や、放射線から逃れるための避難生活などの具体的な影響により、精神的にも、肉体的にも、多くの被災者が苦しまれているのが現状です。
事故後4年が経過し、初期にはわからなかったことがわかり、多くの情報により不確実な程度も非常に改善されたにも関わらず、いまだに初期の何も情報がなかったころの「わからないから怖い」と同じ言葉が繰り返され、混乱が続いているように思えてなりません。
- 求められる、科学者たちの「合意した声」
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日本の科学者コミュニテイは、この4年間の混乱に対する猛烈な反省のもとに、科学の能力を結集して「合意した声」として社会への助言を行い、被災者に対する対策に科学者による科学的な合意を反映させる時期にきているとの自覚を持つべきではないかと思います。
その際、多数の科学者の合意を得ている科学的知見が、科学的事実として認識されず、社会の在り方に対する主義・主張と混在して取り扱われていることを、科学者自身が十分に認識しなければならないと思います。科学者の合意と正式に言えるものではありませんが、日本の50名以上の科学者が真剣に編集に加わり、政府の関係省庁が合同で作成した「放射線リスクに関する基礎的情報」でさえも、「新たな安全神話の形成」として批評されることがあるのが現状です。
日本で起こった事故であり、国際機関よりも詳しい情報が日本にあります。世界に通用する十分な能力を持った科学者、専門家も沢山おられます。今こそ、日本の科学者コミュニテイが科学の総力を結集して合意した助言を発信していくべき時です。
- 5年目へ向けて
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放射線の影響に関する4年目の終わりの状況を簡単に表現しますと、現在は定量的に「正しく怖がる」ことが出来ます。最初は放射線の影響を定性的に考え、「わからないから怖い」、「可能な限り放射線から遠ざかる」という感覚でしたが、現在は、放射線の影響の程度を他の日常生活の影響(リスク)と比較することも出来ます。
日本の科学者が合意した声をまとめるには、まずは科学者集団の間での徹底的な議論が必須です。状況に応じて、科学者による議論に加えて、公開の議論も必要です。
もちろん、科学的な事実に基づいた科学的な議論が中心であり、世界に対して日本の学者の合意の声として堂々と発信できるもの、世界の参考になるべきものであることは言うまでもありません。
放射線の影響に関する定量的な科学者の合意は、その合意に基づいた被災者の社会的、精神的な健康管理をはじめ、今後の復興にかかわる多くの中長期的な計画のための助言となり、必須です。私自身、その責任を自覚しながら5年目を過ごしていきたいと思っています。
長瀧重信
長崎大学名誉教授
(元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)
(公財)放射線影響協会理事長
参考文献
- 1) 原子力災害専門家グループからのコメント
第六十四回 原子力災害専門家に就任して4年目を迎えるにあたって (その1)3年間を振り返って - 2) 東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議
- 3) ICRP:http://www.icrp.org/index.asp
- 4) 原子力災害専門家グループからのコメント
第六十三回 ICRP放射線防護体系の進化―倫理規範の歴史的変遷― - 5) WHO:http://www.who.int/ionizing_radiation/en/
- 6) UNSCEAR:http://www.unscear.org/unscear/en/fukushima.html
- 7) IAEA:http://www.iaea.org/newscenter/focus/fukushima