東日本大震災から2年半あまりが経過し、今なお困難な状況の中での生活を余儀なくされている被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。同時に、各地で力強い復旧・復興への動きが進みつつあることに深い感銘を受けております。
本年夏、私自身が理事・副学長を務める長崎大学と包括連携協定を結んでいる川内村を訪れました。今回は川内村の現状について、私の目を通して感じたことを皆さんにお知らせしたいと思います。
- 「明るさ」が戻ってきた
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川内村を訪れたのは昨年に続いて二度目でしたが、周囲の「明るさ」の変化に驚きました。阿武隈山系の山間部に位置する川内村は、元来、風光明媚でのどかな田園風景が広がる美しい村でしたが、昨年訪れた際には田畑が荒れ放題でした。それが今回は、整然とした緑の稲が見事に育ち、生活の匂いと復興の力強さが満ちていたのです。
川内村では、原発事故の影響で一時全村民が避難しましたが、その後徐々に帰村する人も増え、現在では約1300名(震災前は約3000名)の村民が暮らしています。村民の方々の間では、村の平伏沼(へぶすぬま)に棲む国の天然記念物であるモリアオガエルにちなんで、「かわうちにかえる」が復興実現の標語にもなっています。
その結果、震災の年にはやむなく村外で開催された「村の成人式の日」(毎年8月15日)の式典に、昨年は48名中33名の若者が、本年も41名人中33名の若者が一時帰村して参加したそうです。また、戦後長らく行われ、村の伝統行事にもなっている「盆野球」に、今年は6チームが参加しました。
寒暖の差が大きい川内村では元来、蕎麦の栽培が盛んでした。今回の訪問では、遠藤雄幸村長をはじめ村役場の方々とともに、美味しい蕎麦を頂く事が出来ました。今回は残念ながら新蕎麦ではありませんでしたが、これから白い蕎麦の花を咲かせるであろう蕎麦畑も散見されましたので、今秋には、きっと自慢の新蕎麦のご当地蕎麦が堪能できるのではないでしょうか。
また、蛙をテーマに詩を書き続けた「蛙の詩人」草野心平の蔵書が納められていることで有名な「天山文庫」や、いわな釣りやいわな料理が楽しめる「いわなの郷」、そして修理中の温泉施設「かわうちの湯」など、町が誇る交流の場も再建に向けて着々と準備が進んでいました。そして、何よりも村の人々の笑顔がとても素敵なのです。
- 「明るさ」の源泉
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こうした川内村の明るさがどこから来るかと言えば、生活再建のためのインフラと住宅環境の整備を目指し、すでにこの1年間で、企業誘致、定住構想、健康・医療・福祉・教育の充実に向けた取組みを具体化させ始めていることが挙げられるかと思います。
たとえば新しい農業への挑戦として、クリーンルームで安全な地下水と人工の光を利用して野菜を栽培する先進的な水耕栽培工場を誘致し、風評被害払拭のための取組みを本格化させています。
さらには、高齢者への配慮から特別養護老人ホームを整備したほか、新たな商業施設を誘致するなど、日常生活の利便性向上のため取組みもすでに始まっています。
- 復興の後押し
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昨年10月、天皇皇后両陛下が川内村を訪問されました。民家の除染活動の様子を視察され、村民に元気と勇気と感動を与えられました。
また昨年4月、私たち長崎大学は、帰村された村民の方々への支援活動の一環として川内村サテライトを立ち上げました。その後5月には保健師を派遣し、そのまま常駐させて村民の方々の日々の健康相談に応じています。
大学と行政との連携ということで言えば、福島大学、京都大学なども支援活動を展開しており、私が副学長を務める福島県立医科大学については、福島県が進める県民健康管理調査事業(1,2)を通じてさらに結びつきを強めようとしています。具体的には、地元の保健師さんらとの連携を強化し、健診データを元にした住民説明会や個別指導など、より地域密着型の健康増進活動が計画されています。
また川内村以外でも、東京大学、近畿大学の専門家らがそれぞれ飯館村、川俣町に入り、線量評価や放射線対策に取り組んでいます。特に近畿大学では、全学を挙げて「オール近大」で川俣町の除染支援プロジェクトを立ち上げ、継続して幅広い支援活動を行っています。
- 今後の課題
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避難区域解除の現場では、これまでまったく縁がなかった放射線と日常的に向き合うという、目には見えない困難があります。
また、遠藤村長らとのお話の中でも浮き彫りになりましたが、場所ごとに状況が異なるという複雑さにより、除染作業はなかなか思うように進んでいません。他の地域と同様に川内村でも、生活圏、とくに乳幼児や学童に最大限配慮して保育園・小中学校の除染についてはいち早く着手され、着実な成果を挙げている一方、農地の除染については課題が多く残っています。
さらに、村内にある汚染土等の5つの仮置き場についても、今後の中間貯蔵施設への移設など、切実な問題を抱えています。
今後に向けては、状況に応じた除染の着実な実施に加えて、生活基盤の整備と雇用の場の確保が大きな課題です。最後に、厳しい現実の中で、新しい村づくりを目指して努力を続けられている関係各位に心から敬意を表させて頂きます。
今後も引き続き、放射線のリスク管理が必要です。私も専門家の一人として、現地の声を大切にしながら、村民の皆様が安心して生活できるよう地域保健医療のインフラ整備などを支援して参ります。
山下俊一
福島県立医科大学副学長
長崎大学理事・副学長(福島復興支援担当)