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首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
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専門家、行政関係者の皆さん、
今こそ「リスク・コミュニケーション」を

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 東電福島第一原発事故によって大量の放射性物質が放出され、今なお、多くの方々がそうした環境の中で生活することを強いられています。
 このような状況の中で、住民の方々の健康をしっかりと管理し、守りながら復興を進めて行くためには、まず、放射線情報が広く開示されることが大切です。そしてその情報を基に、住民、専門家、行政関係者、NPO等のさまざまな関係者が意味を共有するリスク・コミュニケーションが、大きな役割を担います。そうして国民が広く放射線情報を共有することで、結果的に、被災した方々の心をさらに傷つけている風評被害を減らすことにも役立ちます。
 残念ながら、まだまだこうしたリスク・コミュニケーションは十分に成功しているとは言えません。自戒も込めて、今一度、私たち専門家や行政関係者が心得るべきポイントを考えてみました。

リスク・コミュニケーションの基本

 リスク・コミュニケーションと言うと難しくとらえられがちですが、その第一歩は、「相手の気持を理解しようとする」ことです。まず忘れてはいけないのは、今回の原発事故では、なんの過失も無い一般の方々が、ある日突然一方的に被害を受け、リスクを被ったという事実です。住民の方々にとっては、当然受け入れ難いリスクです。「私達は怒る自由はある」とおっしゃった住民の方の言葉を、私は忘れることはできません。
 だからこそ専門家や行政関係者は、「住民の方々は全くの被害者である」という共通の理解のもと、リスクに対する認識を共有する必要があります。その上で、リスクにどうやって優先順位を付け、どの様なリスクを重視するかは、個々人の主観的な問題です 1)。正解はありません。専門家にとって最適だと考えられる防護基準が、一般の方々の納得を得られるとは限らないのです。専門家や行政関係者も、ひとりひとりの市民の“主観的な”リスク認識を尊重し、それを共有することから、相互のリスク・コミュニケーションが始まります。
 このようにリスク・コミュニケーションは、住民と、専門家や行政関係者との双方向のコミュニケーションであり、一方的な知識の啓発だけでは成立しません。例えば防護対策について、一方的に安全性の説明を行うだけでは、逆に不信を招くだけです。ある防護規準を住民の方々に受け入れてもらうためには、内容のみならず、それが決定される“過程”まで含めて納得してもらう必要があります。つまり、科学的な妥当性だけでなく、人々の気持ちに沿った対応が必要なのです 1)。リスク・コミュニケーションが成立する前提は、話し手が住民の方々から信頼されていることであり、話し手は、「隠さず、嘘をつかず、故意の過大・過小評価をしない」ことが原則です 2)

放射線を「可視化」する必要-リスクをとらえるための指標-

 福島ではこれまで多くの専門家が放射線のリスクについて説明を行ってきましたが、馴染みのない放射線の単位、情報の複雑さ、さらには複数の専門家による見解の違いなどのために、住民の方々にとってはわかりづらい点も多々あったように思います。
 そもそも私達国民は普段、確率的なリスクの考え方に馴染んでいません。日常の感覚では、リスクを安全か安全で無いかの二元論で捉えがちです。しかし、放射線のリスクは、放射線を被ばくしているか、してないかの二元論では捉えることができません。
 単に被ばくしているかいないかという意味では、人類は皆、日常的に被ばくしています。環境中の放射線や放射性物質から、世界平均で年間2.4mSv被ばくしているのです。このうち内部被ばくについては、日常的に食べられている食品の中に、自然界の「放射性カリウム40」や「ポロニウム210」等の放射性物質が含まれており、それによる内部被ばく線量は世界平均で年間0.29mSvと推定されています 3)
 一方で、原爆被爆者を対象とした長期にわたる疫学調査によって明らかになった重要な知見の一つは、「放射線により発症するがんのリスクは、被ばく線量の増加に相関して直線的に増加する」ということです。 ですから放射線による健康影響を考える際は、影響が「有るか無いか」ではなく、常に確率的なリスクの考え方に立って、被ばく線量を考慮する必要があります。しかし、こうした検討や議論はいまだ十分では無いように思います。
 放射線防護や健康管理のために必要な最も基本的な情報の一つは、現在の被ばく状況に関する科学的情報です。その情報を正確に得るためには、環境放射能汚染、個人の外部被ばく線量、個人の内部被ばく線量、食品汚染などを測定する「モニタリングシステム」をより一層整備する必要があります。つまり、日常生活の中で「放射線の可視化」を進めることが重要です。こうした科学的情報の指標なくして、住民の方々に生活上の判断を迫ったり、リスクを説明したりすることはできません。

福島での放射線測定

 福島県が実施している県民健康管理調査では、事故後4ヶ月間の外部被ばく線量を推定しており、最新の報告では35万人以上の住民の推定値が出されました 4)。それによると、全県でみると、95%の人が2mSv未満と推定されました。浪江町や飯舘村を含むいわゆる相双地域では、77.9%が1mSv未満で、98.6%が5mSv未満、99.9%が10mSv未満であり、最高値は25mSvと推定されました。これらの値は小さく、「健康影響を検出するのが困難なレベル」と評価されています。
 なお、現在の福島では、「放射性ヨウ素131」はすでに検出されなくなっています。一方、「放射性セシウム」等による外部被ばくと内部被ばくについては、長期的な監視が必要です。外部被ばくの測定については、今後も個人線量計等により個人の被ばく線量を継続的に測定していく必要があります。個人の外部被ばく線量の測定のための新しい技術については、このコーナーの第40回で紹介されています。また、内部被ばくについてはこのコーナーの第39回で、福島の住民の方々の内部被ばくの現状が記載されています。
 さらに、空気中の空間線量率を測定する方法の一つとして、東電福島第一原発から80km圏内における航空機モニタリングが定期的に実施されています。その結果を見ると、第4次~第6次の間の約1年間で、空間線量率が約40%減少している傾向にあることが確認されました 5)。同じ期間での、放射性セシウムの物理的減衰に伴う空間線量率の減少は約21%でした。つまり、雨で流されるといったような自然環境の影響などにより、空気中の空間線量率は、放射性セシウムの物理的減衰以上に減少していることが確認されたのです。

住民主体の対話プロセスを

 チェルノブイリ原発事故の復興に従事した専門家らは、その経験から、放射線防護や健康管理のためには、住民の方々自身が参加して合意形成することが重要であると指摘しています 6)。そのためにはまず、立場の違うさまざまな関係者の間で、各種の放射線情報が共有されることが前提となります。
 まず専門家は、放射線情報や健康情報を住民にわかりやすく説明します。次に、その情報を基に住民、専門家、行政関係者、NPO等が、健康を守るための方策や復興プロセスについて相互に理解を深めます。その上で、住民が主体となって合意形成を図っていくことが大切です。

どこまでも住民の方々を中心に

 くり返しになりますが、行政関係者や専門家はまず、「住民の方々は一方的な被害者である」という認識を共有することが重要です。その上で、リスク・コミュニケーションの考え方を基盤として、住民の方々が主体となって放射線防護や健康管理、さらには健康増進活動に参加できる環境を整備していかなくてはいけません。たとえば、地域において「健康フォーラム」を開催するなど、住民の方々が置かれた環境、気持ちに沿った、地道な取り組みをもっともっと進めていきましょう。

神谷 研二
 福島県立医科大学副学長
 広島大学副学長(復興支援・被ばく医療担当)






参考文献

  1. 山口一郎、原子力災害後の現存被曝状況でのリスク・コミュニケーション、医学のあゆみ、Vol.239No10,1050-1055,2011.12.3
  2. 環境省ホームページ、原子力被災者等との健康についてのコミュニケーションにかかる有識者懇談会;
    http://www.env.go.jp/jishin/rmp/conf-health/b05-mat03.pdf
  3. 放射線医学総合研究所編著「虎の巻 低線量放射線と健康影響」pp26 (UNSCEAR 2008 REPORT Vol. I,及び原子力安全研究協会「生活環境放射線(国民線量の算定)」)
  4. 福島県ホームページ、第10回「県民健康管理調査」検討委員会
    https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai-10.html
  5. 原子力規制委員会ホームページ
    http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/7000/6749/24/191_258_0301_18.pdf
  6. ICRP 原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用 Publication 111
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