平成27年2月12日、第18回となる「県民健康調査」検討会が開催されました。平成26年12月25日に第17回検討会が開催されてから約2か月という短期間でしたが、前回の報告から解析数が19,000件以上増加したことが報告され(1)、全県民を対象とした線量推計の基本調査は27%の回答率となりました。それぞれの調査項目でさらに検討が進むと同時に、第5回甲状腺検査評価部会の報告もなされました。
第18回の検討会報告について、全体的な被ばく線量推計の傾向は、先行検査の暫定版に基づく前回の報告内容から変わりありませんが、以下もう少し詳しく、二つの詳細検査の進捗状況を中心にご説明します(2)。
- 子どもたちを対象とした甲状腺検査
平成26年度から、原発事故時0歳から18歳までの福島県民の皆様を対象にした本格調査が始まっています。平成26年度の検査対象は25市町村の約22万人ですが、12月末までにそのうち約10万人の一次検査が実施され、7万5千人分の検査結果がすでに確定しています。その結果、二次検査対象者は611名(0.8%)であり、その中で暫定ですが8名の甲状腺癌が疑われ、1名が既に手術を受け乳頭癌(甲状腺癌の一種)と確定されています。8名の平均年齢は15歳、男女比は1:1で、平均腫瘍径は10mm前後(最小6mm、最大17.3mm)でした。
一方、それより以前に行われた先行調査で甲状腺がんが疑われた109名については、平均年齢は17歳、男女比は1:2、平均腫瘍径は14mm(最小5mm、最大40.5mm)でした。この結果だけを見て比較すると、同じ方々を対象とした本格調査では、より小さい癌が発見されているようです。現時点ではあくまでも暫定結果であり、二巡目の本格検査終了後に詳しく検証される予定です。
検討会の下部組織である甲状腺検査評価部会では、甲状腺癌の現在の判定基準自体は認めているものの、過剰診断、つまり生命予後に関係のない甲状腺癌を多く発見しているではないか、との懸念も挙げられ、「たとえ甲状腺癌が発見されても経過観察で良いのではないか」といった議論もなされています。
集団リスク評価や疫学調査の観点からは、そのような全体的な議論が起こるのは当然ですが、一方で個々の症例の医学的判断や手術の選択については、難しい問題もあります。特に難しいのは、医師と患者、その家族の間で、信頼関係に基づいて総合的な治療選択を行い、そして長期にわたる心身のケアに取り組んでいくという問題です。さらに、放射線被ばくと甲状腺癌の因果関係の解明に向けては、更なる議論の深まりが不可欠です。今後、小児甲状腺癌の治療ガイドラインを参照しつつ、実際の症例の積み重ねから、エビデンスベース(証拠に基づいた)の早期診断・早期治療の妥当性についても評価されていくものと考えられます。本年度末には、評価部会から一定の見解が提示される予定になっています。
- 妊産婦に関する調査
国が指定した避難地域の住民を対象とした「こころの健康度・生活習慣に関する調査」とは別に、全県民のうち母子保健手帳を交付された方や、県内で妊婦健診を受診され分娩(いわゆる「里帰り出産」)された方を対象に、妊産婦のからだとこころの健康度に関する調査の結果が報告されました。
平成23年度は16,001名、平成24年度は14,526名、平成25年度は15,218名が対象者数で、回答者数(率)は、それぞれ9,316名(58.2%)、7,181名(49.5%)、7,260名(47.7%)でした。この3年間の調査データの取りまとめ結果を見ると、母子手帳交付後の流産率、中絶率、早産率、低出生体重児出生率、単胎における先天奇形・先天異常の割合などの年ごとの変動は認められず、また全国データや一般的な発生率と比べても、ほぼ同様であることが判明しています。さらに嬉しいことに、アンケートにご回答頂いた方のうち52.8%の方が、次回の妊娠も希望されており、これも震災前の出生動向基本調査結果(51%)とほぼ同じ結果でした。3年間の詳細な調査結果から、アンケート調査による意見や要望を的確に把握し、不安の軽減や必要なケアの提供につなげることが望まれます。
震災後の厳しい状況の中で出産、子育てに向き合うお母さん方に対して、「頑張れ、お母さん」と、医療関係者のみならず、県民すべてが同じ気持ちで応援していることと思います。今後とも福島県では、安心したお産の提供と、県内産科・周産期医療の充実が図られるものと期待されます。
最後になりますが、県民健康調査事業の中核を担っている福島県立医科大学は、被災直後から県民に寄り添い、本事業のみならず、県内医療の砦として被災者の健康保持から高度先端医療に至るまで尽力しています。特に放射線医学県民健康管理センターでは(3)、大変なご苦労をされているコールセンターの電話対応の集計や、甲状腺検査出張説明会、さらに避難者交流会や相談会などから得られた「県民の声」の取りまとめを、本検討会で初めて報告しました。これからも多様な個々人の意見に耳を傾け、丁寧な対応が求められます。復興に向けた長い道のりが続いていますが(4、5)、福島の復興を“奇跡”にすべく、今後も懸命に取り組んで参ります。
山下俊一
福島県立医科大学副学長
長崎大学理事・副学長(福島復興支援担当)
日本学術会議会員
参考文献