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首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
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世界の甲状腺癌の現状

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 チェルノブイリ原発事故後に小児甲状腺癌が増加したことから、福島の原発事故後にも同様に増加するかもしれないという不安を、多くの方が抱きました。そのため平成23年10月から、県内のすべての子供を対象に甲状腺癌の超音波検査が続けられています。
 先行検査としての一巡目が終ったところで、検査を受けた30万人の子供(事故時0歳から18歳)の中から、細胞診検査の結果癌の疑いの子供が109人、手術して癌の確認された子供が84人と報告され、さらに2巡目の本格検査ですでに8人の甲状腺癌の子供が発見されています。こうした結果から、原発事故の放射性ヨウ素によって小児の甲状腺癌が増加したのではないかとの不安が出てくるのは、ある意味当然かもしれません。しかし、ただ漠然と不安を抱くのではなく、世界の甲状腺癌を取り巻く状況と照らし合わせた上で、客観的な判断が求められていると思います。
 私は50年以上前に東京大学で甲状腺の研究を開始し、その後ハーバード大学、長崎大学に在籍している時代も甲状腺を専門とし研究を続け、国際甲状腺学会の会長も務めさせて頂きました。チェルノブイリの原発事故の後も、日本とソ連の2国間協力、また国際機関との協力のもとに甲状腺癌の調査研究に携わってきました。
 ここでは長らく甲状腺の研究に携わってきた専門家として、皆様に理解を深めていただくために、世界の甲状腺癌の現状についてご紹介したいと思います。学術論文ではありませんので、引用文献は省略し、私自身の言葉でわかりやすくお話しいたします。

甲状腺癌患者の数は、世界中で増加しています。

 例えば、1985年と2002年の比較調査によると、20か国以上のほとんどの国で甲状腺癌患者は増加しています。3倍程度の増加が多いものの、中には10倍、20倍という国もあります。その理由として、1985年頃には、主として症状のある患者、見たり触ったりして発見される癌が手術されていたのに対し、その後の医療技術の発展により、症状のない人でも超音波検査、針生検による細胞診で診断されるようになったからであると考えられています。まさに早期診断、早期治療の結果です。

世界的に、甲状腺癌で死亡する患者の数は減少していません。

 甲状腺癌と診断され、手術される患者の数は確実に増えているにも関わらず、甲状腺癌の死亡率は減少していません。少なくとも手術される患者の増加に比べて死亡率の減少は、はるかに緩やかです。その結果、「手術しなくても死亡しない患者」が手術されているのではないか、という考えも出てきました。

亡くなるまで症状が出ない甲状腺癌(ラテント癌)が、相当数あります。

 ラテント癌の大部分は、微小癌と呼ばれる1.0cm以下の小さい癌です。甲状腺に関する病気以外で亡くなった方の甲状腺を調べると、10-30%の方に甲状腺癌が見つかると言われています。より詳細に調べると、全体の半数以上、高齢者ではほとんどの方が甲状腺癌を持っているのではないかとも報告されています。日本においても、同様に10-30%との報告があります。
 早期に診断され、手術されている甲状腺癌の中には、このラテント癌が含まれているのではないか、そんな微小な癌まで手術するのは過剰な診断、過剰な治療なのではないか、という考え方もあります。

 以上の甲状腺癌の現状を踏まえて、アメリカ甲状腺学会は、5年前に作成した「成人の甲状腺癌の取り扱いに関するガイドライン」を昨年の暮れに改定しました。広くパブリック・コメント(一般の方からの意見公募)を求め、もうすぐ正式に発表される予定です。

 ここで述べたような考え方、論点は、甲状腺癌に限らず、前立腺癌、乳癌等についても共通ではないか思います。検査法の進歩により、微小癌とも呼ばれる癌が見つかった時の治療方針、症状のない人に対して癌検査を行う際の方針、そもそもそのような癌を見つける検査を行うこと自体の意義なども、引き続き十分に議論していかなければならないと思います。

 以上、世界の甲状腺癌の状況をお伝えしてきました。ここで日本国内の話になりますが、甲状腺癌の頻度は年齢によって大きく異なることを、最近発表された図にしたがってご説明します。

甲状腺癌の頻度は、年齢によって大きく変化します。
日本の年齢別の甲状腺癌の罹患率(甲状腺癌患者数/10万人)

 日本の癌登録(主として視診・触診で1-2cm以上の癌と診断された患者)の統計による甲状腺癌の頻度(年間に発生する癌患者の数)は、0-4歳の患者は0人で、その後年齢とともに増加し、5-9歳の患者は100万人に数人程度、さらに急速に増加して15-19歳の患者は、100万人で20人(女性)と5人(男性)程度になります。その後成人になってからも年齢とともに増加して、最高の頻度は300人(女性、60-64歳)と100人(男性、75-79歳)程度になります。上記の通り、まず子供と成人では大きく異なること、そして一口に子供といっても、0-4歳と15-19歳では頻度は桁違いであること、さらに男女間でも大きく異なることから、一緒にして議論は出来ないことに注意が必要です。

 最後になりますが、福島県内のすべての子供を対象に続けられている甲状腺癌の超音波検査は、子供の甲状腺癌に関する世界で初めての大規模な調査です。したがって、今回ご紹介した世界の甲状腺癌の状況もあくまで参考であり、厳密な意味で比較できる他の調査結果はありません。

 福島では、子供の健康を守ろうとする保護者と、その心配に少しでも応えようとする福島の医療者が、対話をしながら協力して検査を進めるという真剣な努力が続けられています。私はその努力を高く評価し、今後も支援し続けていきたいと思います。

長瀧重信
長崎大学名誉教授
(元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)
(公財)放射線影響協会理事長

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