ビクトル・イワノフ教授からメッセージが寄せられましたので、以下、ご紹介いたします。なお、原文は、当グループ英語版に掲載 (Dear residents of the Fukushima Prefecture (January 14, 2014))してあります。
ビクトル・イワノフ教授
ロシア医学アカデミー準会員
ロシア放射線防護科学委員会委員長
放射線疫学研究訓練に関する世界保健機関協力センター・センター長
私、ビクトル・イワノフはロシアのオブニンスクにある保健省管轄の医学放射線研究センターの副所長で教授であり、公衆と原発作業者の放射線防護に関する専門家です。2014年の新年を迎えたこの特別な機会に、福島の現状を論理的に理解し、福島における小児甲状腺癌に関する放射線リスクについての誤解や根拠の無い偏見を避ける為に、私たちの経験とデータを日本国民の皆様方と共有できればと思います。
私は、1986年4月チェルノブイリ原発事故の直後から、事故の影響の軽減と、一般住民とソ連全土からチェルノブイリ原発施設に動員された除染作業者らを含む関係者の全ソ連登録システムの構築に参画してきました。この登録制度は1986年夏には速やかに整備されました。1991年冬までの5年間、ソ連が崩壊した年までには、登録データベースには約65万9千人の個々人の医療と被ばく線量に関する情報が保存され、そのうち34万2千人が、周辺の汚染地域に居住する住民データでした。このデータベースの構築は、日本の専門家との密接な協力で可能となったものです。現在では、ロシア政府による放射線疫学登録制度として、チェルノブイリ事故の影響を受けた約70万人が追跡調査の対象となっています。
私は、2011年から、海外専門家の一人として福島事故の健康影響の予測に携わっています。日本とウィーンで開催された福島での事故に関する国際会議にも参加しました。2011年9月には福島第一原発、福島県の被災地域などを訪問し、住民の方々とも直接接しました。チェルノブイリ事故により被災したロシアの人々を27年間追跡調査してきた私自身の知識と経験から、チェルノブイリのデータに基づいて、福島県の被災者と原発作業員への事故の健康影響が予測出来ると思います。
2011年3月の地震と津波という災害から3年近くが経過し、大規模な甲状腺超音波スクリーニングが行なわれた結果、福島県では子ども達の間に甲状腺癌が発見されました。当然ですが、「発見された甲状腺癌症例は、福島事故による放射線被ばくと関連があるのでしょうか?」という疑問が起こります。
この疑問に答える為に、権威ある科学雑誌に出版されているチェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌の疫学調査研究の主要な見解を検証してみましょう。
- 放射線誘発小児甲状腺癌の潜伏期は5年以上である。
- 放射性ヨウ素 (I-131) による甲状腺被ばく線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できなかった。
- 大規模なスクリーニングを行なった場合、甲状腺癌の発見頻度はチェルノブイリ事故により汚染されたか否かに関係なく、いずれの地域でも6~8倍の増加がみられた。
以上3つの(チェルノブイリでの)疫学研究の結果から、福島県で発見された小児甲状腺癌は福島での原発事故により誘発されたものではないと一般的に結論できます。同時に、被ばく線量の推計と福島県民の放射線発がんリスクの可能性についての評価を続ける必要はあります。
以上のような科学的な根拠から大きな健康影響はないと予想されます。しかしながら、福島での事故は、他の放射線事故と同様に、重大な精神的・社会的な問題の原因となりえます。
科学的事実に基づく私のコメントが、皆様の健康影響への不安を軽減し、ストレスによる疾病の予防に役立てばと期待しています。恐れではなく、自信をもって前向きに将来を目指して頂きたいと念願します。
山下 俊一
福島県立医科大学 副学長
長崎大学 理事・副学長(福島復興支援担当)