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首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
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復興におけるリスクコミュニケーションと合意形成のポイント

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  東電福島第一原子力発電所事故が起こってから、今月4日で1000日目を迎ましたが、復旧・復興には未だ多くの困難な課題があります。
  福島県では、県民の意識やニーズを把握するために平成25年度の県政世論調査を行い、その結果を11月に公表しました()。その中で、「震災・原発事故や復興について知りたい情報」を尋ねたところ、「食品や農産物の安全性確保についての取り組み・モニタリング情報」が66.5%で一位、次いで「放射線の健康への影響や健康管理に関する情報」が62.9%で二位を占めました。
  この結果は当然とも言えますが、いまだに多くの方々が放射線の食品汚染や健康影響に対して強い関心と不安を持ち続けていることを示しています。そしてこのような不安が広がる一因として、正しい情報が、県民が求める形で必ずしも一人一人に十分に届いていないことが想定されます。
  過去に起こった放射線事故からの復興過程でも、情報が住民に適確に伝えられることが不可欠であり、その手段としてリスクコミュニケーションの重要性が指摘されてきました。もちろん福島でも、すでに様々な場面、レベルでリスクコミュニケーションが実践されてきましたが、ここで改めて、復興おけるリスクコミュニケーションと合意形成のポイントを考えてみました。

1.リスクコミュニケーションのフェーズが変わった

  原発事故直後は、住民は放射線やその健康影響に関する知識を十分持っておらず、そのために不安が増幅された局面がありました。多くの住民が、放射線や健康影響に関する基本的な知識を必要としていました。こうした状況においては、過剰な不安の低減化や風評被害の防止のために、講演会等を実施して一度に大人数に向けて基本的な情報を提供する手法が有効でした。
  しかし、事故後2年半以上が経過した現在では、住民はそれぞれ放射線に関する基本的な知識を備えており、もはや啓発的な知識を必要としているのではありません。現在必要とされているのは、個々人の住民が持っている個別の不安や疑問に対する「具体的な解答」です。即ち、求められる内容が変わり、リスクコミュニケーションのフェーズが変わったと考えられます。
  個々人の住民が持つ不安や疑問、ストレスは、その人の生活環境や境遇、健康状態等によって大きく異なります。それらに丁寧に答えることが、今、リスクコミュニケーションに求められています。そのためには、大人数を対象とした講演会方式では限界があり、車座方式等による小人数を対象とした対話中心のリスクコミュニケーションが必要です。
  本来、リスクコミュニケーションは対話を基本に据えた双方向のコミュニケーションであり、トップダウン方式による啓発的な知識の普及を行うものではありません。「すべての住民の方々は一方的な被害者である」との共通認識の上に立ち、常に相手の立場に立った対話が求められます。

2.リスクコミュニケーションが成り立つための2つの鍵

  リスクコミュニケーションに従事したことのある、多くの放射線専門家やリスクコミュニケーションの専門家が指摘する共通項事項があります。それは、リスクコミュニケーションが成立するための最大の基盤は、相互の「信頼」であるという点です。仮に話し手が、住民の意識をある方向に向かうように説得を試みたり、あるいはパターナリズム(強い立場の者が、本人の意思に関わりなく、本人の利益のために、本人に代わって意思決定や行動に介入すること)による一方的な説明をしたりするようでは、信頼関係は生まれません。
  「信頼」がないところでいくら話し手が正しいと思うことを言っても、住民にはその真意は伝わりません。住民の方々が発する一つ一つの疑問や不安に対し、相手の立場に立ち、丁寧に情報提供を行いつつ、共に問題を考えて行く対話の中で、初めて相互の信頼関係が生まれてきます。従って、繰り返しになりますが、リスクコミュニケーションが成り立つための第一の鍵は、「信頼関係の構築」と言えます。
  そして、上記のような信頼関係を構築する前提として、各地域における放射線情報や健康に関する情報が全て開示され、かつ関係者の間で共有されている必要があります。その上で、放射線防護や健康管理に関する最も重要な情報は、住民ひとりひとりの現在の被ばく状況に関する科学的情報です。
  その情報を得るためには、環境放射線や個人線量、食品汚染等を測定するモニタリングシステムが整備されている必要があります。こうした科学的情報の指標なしに、住民に生活上の判断根拠を提供したり、安全や安心をもたらしたりすることはできません。
  私自身の経験の中でも、被ばく状況に関する実際の数値とその影響について具体的に説明することで、住民の関心が一段と高まり、対話に対する積極性が大きく変わるといったことが何度もありました。
  現場のリスクコミュニケーションでは、放射線リスクに関する一般的な説明だけではなく、リアルな個々人の測定データを用いた科学的根拠に基づく説明が不可欠であり、これこそがリスクコミュニケーションが成り立つための第二の鍵だと思います。

3.放射線情報の「共通プラットホーム」の必要性

  前述の通り、環境放射線、環境放射能汚染レベル、個人線量計による個人被ばく線量、個人の内部・外部被ばく線量、食品汚染レベル等の科学情報は、リスクコミュニケーションにより住民に適切に伝えられる必要があります。住民は、放射線情報とその意味を正確に把握することで、今後の放射線防護や健康管理の意思決定を行うことができるのです。
  現在、これらの放射線測定は各自治体等により精力的に実施されていますが、それぞれの測定がバラバラに実施されているのが現状です。放射線防護と健康管理のために重要な個人の被ばく線量については、福島県は県民健康管理調査により、事故後4ヶ月間の外部被ばく線量の推定とフォールボディ・カウンター(WBC)による内部被ばく線量を測定しています。一方で各自治体等は、個人線量計による個人の外部被ばく線量や、同じくWBCによる内部被ばく線量を測定しています。
  個人の被ばく線量を直接的に測定する個人線量計による測定値の方が、空間線量率から推定する個人線量よりも正確な値が得られます。そのため、今後長期に渡る復興過程では、放射線防護や健康管理の重要な指標となり、その一元的管理が重要になります。ところが、これまでこうした各個人の被ばく線量の情報はバラバラに管理されており、ようやく一元管理に向けた動きが始まったばかりです。
  前述した県政世論調査でも示されたように、県民は放射線関連情報を知りたい情報のトップに挙げています。その理由として、放射線モニタリングシステムの全体像が県民に示されてない為に、不安を抱いている部分もあると思います。現在行われている各種の放射線測定を統合し、恒常的な放射線モニタリングが体系的にできる「放射線情報共通プラットホーム」を確立する必要があります。 同時に、地域毎に「放射線モニタリング・センター(仮)」のような施設を充実させ、何時でも個人の内部被ばく線量や食品汚染を測定することができ、住民の方々の不安に対し直接情報を提供できる環境を整えることも必要だと思います。

4.合意形成の進め方

  復興過程において、放射線防護や健康管理に関する住民の合意形成を進めるためには、住民と行政関係者、専門家、及び利害関係者等の間で情報が共有化されることが前提となります。その上で、前述したようなリスクコミュニケーションを基盤として、関係者による具体的な共同作業や協議を通じながら、住民が主体的に放射線防護や健康管理、さらには健康増進活動に参加できる環境を整備する必要があります。
  共同作業とは、まずは行政や専門家が住民に放射線情報や健康情報を提供し、これを基に、住民、専門家、行政関係者、NPO法人等が健康を守る方策や復興プロセスについて相互に理解を深めながら、あくまで住民自身が主体となった合意を図っていくステップ・バイ・ステップの作業です。そこでは、被ばく線量を低減化するための除染などの具体的な方策、放射線防護の方法、健康管理の在り方といったさまざまなテーマについて、その意義、効果がどのように評価できるか、さらには対策の限界ついても検討され、住民が主体的に係わることで合意形成が図られていきます。
  住民の主体性を後押しし、放射線防護や健康管理に積極的に参加できる環境を整備する方策として、まず必要なのは、住民が関係者と協議できる「地域健康プラザ(仮)」のような具体的な仕組みです。このプラザに、前述した「放射線モニタリング・センター(仮)」の機能を組み込んだり、相談に乗ってくれる専門家を常に配置したりすることも可能です。
  こうした仕組みが整い、さらにはリスクコミュニケーションがうまく機能することで、住民が自らの被ばく状況を認識し、専門家や行政の助言を受けながら、放射線防護や健康管理を自らの意思と判断で行おうとする主体的な取り組みが生まれてくると思います。さらには、自分のことだけではなく、地域社会の諸課題についても積極的に課題解決のために取り組むことも予想され、コミュニティ再生の核として機能することも期待されます。

神谷研二
福島県立医科大学副学長
広島大学副学長(復興支援・被ばく医療担当)


参考資料

  1. 1) 福島県 平成25年度県政世論調査
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