平成24年9月25日
東電福島原発事故からちょうど1年半となる今月11日、国の原子力委員会に、日本学術会議からある「回答 」が提出され、大きく報道されました。原子力発電というプロセスの中でどうしても発生する、高レベル放射性廃棄物。その処分をどうするか、という我が国(諸外国でも同様ですが)に課せられた長年の課題について、「従来の枠組みをいったん白紙に戻すくらいの覚悟を持って見直すことが必要」と指摘する内容でした。取りまとめたのは同会議の検討委員会で、東日本大震災発生よりも半年前に、原子力委員会側から審議を依頼されていたものでした。
そして震災発生後、さらに日本学術会議は震災・原発事故・復興の諸課題に積極的に取り組み、種々の活動を展開しています。17名の委員からなる東日本大震災復興支援委員会(委員長;大西隆会長)が設けられ、「災害に強いまちづくり分科会」、「産業振興・就業支援分科会」、「放射能対策分科会」などがそれぞれ活動を続けています。
震災当時の会長だった金澤一郎先生は、昨年6月、「放射線防護の対策を正しく理解するために」と題する会長談話を発表しました。今年4月には、後任の大西会長が野田首相宛に「学術からの提言―今、復興の力強い歩みを-」という5つの提言を手渡しています。例えばそのひとつ「災害廃棄物(いわゆる震災がれき)の広域処理のあり方について」では、震災がれきの処理に伴う放射線の健康影響について、「受入自治体の住民が抱く心配の払しょくに相当の配慮をする必要がある」と分かりやすい言葉で提言しています。
冒頭に御紹介した高レベル放射性廃棄物の処分政策については、「抜本的見直しを」。今回のがれき処理の健康影響については、「心配の払しょくを」。この対照的な2つの見解を見ても明らかなように、学術会議は"何でも大丈夫"でも"何でも危ない"でもなく、≪科学の目≫を持って個々のテーマに対峙しています。
この『原子力災害専門家グループからのコメント』コーナーと関わりの深いテーマで申せば、「放射能対策分科会」が設置され、低線量放射線の健康影響をどう国民に伝えたらよいか/風評被害を克服するにはどうすればよいか/放射線によるリスクをどう理解してもらえばよいか/等を検討しています。昨年の原発事故後、多くの国民が放射線・放射能に対して不安を抱いています。科学者の間でも、見解の相違は当然ありますが、科学的そして客観的な知見を重要視し、国際的なコンセンサスも充分に吟味しながら、≪国民が安心して安全に生活できる≫ための良い提案を、これからも発していけたらと考えています。
そもそも日本学術会議 の役割は、主に①政府に対する政策提言、②国際的な学術活動、③科学者間ネットワークの構築、④科学の役割についての世論啓発――です。内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別な機関」として、内閣府に設置されています。人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の科学者約84万人を代表する機関で、210名の会員と約2,000名の連携会員が活動を担っています。日本の全ての研究分野を代表する人々が選ばれていて、わが国の科学界を代表する最も権威のある団体と言えます。
科学者というと、書斎や研究室に閉じこもり、世間とは関係ない自分の好きな研究を行っているというイメージがあるかもしれません。しかし、科学者も貴重な税金を使って研究をさせていただいている以上、世間と無関係ではいられません。学術会議においても、国民や政府の要望をよく聞き、学術的な知見を国民と共有するために努力する姿勢を、近年ますます重視しています。特に今、この非常事態を乗り越える為には、復興に関する様々な課題について、被災者、被災地の住民の皆さんをはじめ、広く国民が必要としている知見を、諸々の学術分野が結集して、具体的に、わかりやすく提供していかなければならない―――そう肝に銘じて、引き続き活動に打ち込んでまいります。
(佐々木康人
(独)放射線医学総合研究所 前理事長
日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネージメント分科会委員長)
(遠藤啓吾
京都医療科学大学 学長
日本学術会議臨床医学委員会放射線・臨床検査分科会委員長)
(山下俊一
福島県立医科大学 副学長
日本学術会議臨床医学委員会放射線・臨床検査分科会副委員長
日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネージメント分科会委員)