平成24年4月6日
東電福島第一原発事故から、1年が経過しました。ここではこの1年間の、原発周辺の住民の皆さんに対する放射線防護の対策を振り返り、今後の方向性について考察します。
- 後でわかった事実、その時とられた対策
2011年3月11日、東電福島第一原発は、地震と津波によって全ての電源を失いました。同日23時にはタービン建屋内で放射線量の上昇が始まり、その後、周辺に多量の放射性物質を放出し始めました。それから何度かのピークを経て、15日には最大の放出があり、これによって生じた放射性のプルーム(雲)は、その後も気象状況によって向きを変えながら広範囲を漂い、雨が降ればその地点に沈着しました。
---この全体像は、後に様々なデータ分析を総合することによって描けたものであり、事故本体の様相が刻々変わる中で、リアルタイムにはここまで認識できてはいませんでした。何が起きているのか把握しきれず様々な言説が飛び交う中、それでも緊急の対策が次々に打ち出されていきました。当日20時50分には、「半径2km圏内に避難指示」。その後21時23分には、さらに「半径3km圏内に避難指示、3~10km圏内に屋内退避指示」が発せられました。翌12日の早朝には「10km圏内」、夕方には「20km圏内に避難指示」が出され、15日11時には「20~30km圏内に屋内退避指示」へと拡大しています。
また3月14日には、福島県内で放射線モニタリングが開始されました。17日には食品規制が実行され、基準値を超えて汚染された牛乳などを廃棄。その後4月22日には、同心円を超えて、放射線モニタリングの結果に基づき、空間線量が年間20 mSv(ミリシーベルト)になると予想される区域に対しても「避難指示」が出されました。この処置によって、原発周辺の住民の皆さんが事故後1年間のトータルで20mSv/年以上の被ばく線量に達することを、前もって回避しました。
こうした緊急時における放射線防護対策を経て、あの大事故から1年が経過しました。現在、本当に幸いなことに、放射線によって生命を落とした例は報告されておらず、急性放射線症の症状を示した患者さんも、1人もいません。検討すべき課題は残しているにせよ、これは、1つの事実です。
- 実測データから言えること
ここで、公表された調査データから、この1年間の被ばくの状況を客観的に分析してみます。データは、昨年末の低線量被ばくリスク管理ワーキンググループ報告書 の記述を基に、できるだけ最新の更新情報を採用しました。
【外部被ばくに関するデータ】
- 福島県が実施している「県民健康管理調査」の先行調査地域(川俣町山木屋地区、浪江町、飯舘村)での初期行動の4ヶ月間の累積外部被ばく線量の推計は、99.3%(9,676名)が10mSv未満、最大は23.0mSvでした(※2)。前回このコーナーで解説された通り、「これによって、放射線による健康被害が出ることは考えにくい」という値です。
- ある程度時間がたった2011年9月~11月にかけて福島市で、中学生以下の子どもと妊婦、合わせて36,767人を対象に、トータルとしてどれだけの線量を受けたかを示す累積外部被ばく線量がガラスバッヂを用いて測定されました。その結果、3カ月間の積算線量は、1mSv未満が36,657名(99.7%)、最大値は2.7mSvでした(※1)。最大値でも、年換算で10.8 mSv相当となり、「年間20mSv以下」という基準内です。
【内部被ばくに関するデータ】
- 事故直後の2011年3月に、線量が高い可能性のある地域で、ヨウ素131による甲状腺の内部被ばく線量の調査が行われました。この結果も、前回このコーナーで紹介された通り、安定放射性ヨウ素の服用が求められる基準値である100mSv(子どもの場合は50mSv)を超える人はいませんでした(※3)。
- 2011年6月~2012年2月末までに、22,717名を対象に、福島県が推進しているホールボディカウンタ(内部被ばく線量を調べるための装置)を用いた内部被ばく検査が行われました。その結果、セシウム134及びセシウム137の預託実効線量(食品から受ける線量)は、1mSv未満が22,691名(99.9%)、3mSvが2名でした(※4)。これは、今年4月から強化された新しい食品基準の目標値である「1mSv」を、既にほぼ達成していることになります。
今後とも、このような被ばく線量の測定をさらに充実させ、《調査時点までの被ばく線量》が多い人たちに関しては、直ちにその原因を特定し、《年間を通じての被ばく線量》を基準以下に抑えるために、具体的なデータに基づいた迅速な対策が講じられるべきだと考えます。
- これ以上、被災者の方々を苦しめないために
欧州の甲状腺学会などの場で私が発表した際にも、「今回の原発事故の重大さから考えると、これまでのところ、放射線による人体への被ばく量は小さく抑えられた」と国際的に理解されました。しかしながら、これらの科学的・医学的な事実がある一方で、今、健康被害に関しては様々な説が駆け巡り、被災者の皆さんが不安に感じておられます。
基準値などの情報の伝え方が曖昧だったり、個人の見解を断定的に主張したりすることが、避難生活で苦しむ方々の不安を更にかき立てることは、あってはなりません。今後の方向性を考えるとき、原子力利用についての賛否の議論は避けて通れませんが、たとえどちらの立場であっても、「自己の主張のために、目の前の被災者の方を更に苦しめることはしない」という点では、一致していなければならない、と私は信じます。
一義的な目標は、被災者の救済です。「国民に信頼されるリーダーが、隠すことなくすべてのデータを公開し/そのデータを専門家が評価し/その評価をもとに、住民と行政が対話を重ねながら対策を考える」---チェルノブイリ原発事故の教訓として国際機関で議論された、このあり方に、今一度思いを致すべきです。その際には、《放射線による影響(被害)と、放射線を避けるための影響(被害)の、両方を考慮する》という、放射線防護に関する国際機関の勧告の精神が、評価・対話の基本となります。
原発で復旧作業にあたる方々の懸命の努力により、緊急対応の段階は過ぎ、今は将来を見据え、復興を視野に入れた具体的な対応を考えていく時期に入っています。今後も、降り積もった放射性物質の除染、人々の今後の健康管理、生活の保障など、気の遠くなるような多くの対策が必要となります。---事故から1年を経て、日本国民全体として、《福島の被災者の皆さんの健康被害を最小にする》、《復興にむけて被災者の方々を援護する》という姿勢を、今一度共有することを、一科学者として提言したいと思います。
(長瀧 重信・長崎大学名誉教授
元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)
(参考)
- ※1 福島市ホームページ 個人線量計(ガラスバッジ)測定結果について
- ※2 福島県民健康管理調査「基本調査(外部被ばく線量の推計)」の概要について
(平成24年2月20日福島県民健康管理調査検討委員会) - ※3 原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書
-東京電力福島原子力発電所の事故について- (平成23年6月 原子力災害対策本部) - ※4 ホールボディカウンタによる内部被ばく検査の実施状況について (福島県庁地域医療課)