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「緊急被ばく医療体制」福島総力戦記

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平成23年11月18日

 東電福島原発の原子力施設内では、厳しい労働環境の中で、事故を一日も早く収束させようと現場の人々の献身的な努力が続いています。今後の長期間に渡る厳しい作業を考えれば、万全を期した安全・健康管理を行うとともに、万が一の被ばく事故に備える対策が講じられる必要があります。その"対策"が、「緊急被ばく医療体制」です。

 我が国では、平成11年に起きた東海村JCO臨界事故の痛ましい経験を契機に、原子力安全委員会・被ばく医療分科会が、緊急被ばく医療体制のあるべき姿を再検討しました。その結果、平成13年に「緊急被ばく医療のあり方について」という報告書がまとめられました。そこでは、「いつでも、どこでも、誰でも最善の医療を受けられる」という救急医療の原則に則り、人命の尊厳を最優先する「命の視点に立った対応」を理念とすることが、明確に宣言されました。そして、緊急被ばく医療体制は、異常事態の発生時に人の健康と命を守る「セーフティネット」であることが求められました。この報告書に基づき、平成16年度から、新しい体制の整備が進められてきました。

3段重ねの全国ネットワーク

 緊急被ばく医療体制の枠組みは、一般の救急医療に準じており、①初期診療や救急診療を行う「初期被ばく医療機関」、②専門的な診療を行う「二次被ばく医療機関」、③高度専門的な診療を行う「三次被ばく医療機関」から構成されています。三次被ばく医療では、日本を東西の2ブロックに分け、東ブロックは放射線医学総合研究所(放医研)、西ブロックは広島大学が、その役割を担っています。中でも放医研は、全国の緊急被ばく医療の中核として、線量評価のネットワークを運営するとともに、各地の被ばく医療機関に必要な支援や専門的助言も行っています。

 この体制の重要な点は、自治体に設置されている①と②の医療機関を、ネットワークで③と連結していることです。いざという時には、このネットワークを通じて、地域的に偏在している被ばく医療の専門家や施設・機器を融通し合って有効活用することで、いつ・どこでも最善の医療を提供できる体制が整備されました。このネットワークを更に実効性のあるものにするためには、都道府県単位で、被ばく医療関係者の研修と情報交換を通じた人材育成/それによる人的ネットワークの拡大/患者の搬送ルートの確立と搬送訓練/実際に即した緊急被ばく医療の訓練――等が必要です。そのため、平成16年度から文部科学省は、緊急被ばく医療体制の整備事業を実施しており、今、各地域に担い手の人材が育ちつつあります。

"司令塔"撤退の危機の中で

 こうした中で直面した今回の原発事故に際して、この緊急被ばく医療体制は、実際にどのように機能したのでしょうか。

 初期被ばく医療機関(上記①)は、避難区域内に3ヶ所ありました。放医研(上記③)は、事故発生翌日の3月12日には、被ばく医療や放射線管理・測定などの専門家を「福島県原子力対策センター」(大熊町)へ派遣開始。また、広島大学(上記③)と長崎大学も、それぞれ13日・14日に、放医研や原子力安全研究協会とともに緊急被ばく医療の"合同チーム"として、福島県へ同じく専門家派遣を始めました。

 ところが、司令塔であるオフサイトセンターが所在するその「福島県原子力対策センター」は、停電と断水に加え通信機能も低下したことから、15日に撤退を余儀なくされることになりました。そのため、初期対応を担う緊急被ばく医療体制は、機能を発揮できない状態に陥ってしまいました。一方、巨大複合災害に直面した福島県災害対策本部も、事故直後は震災や津波への対応に追われて忙殺されていた上、上記「対策センター」からも十分な情報が届かない状態にありました。

 このような危機的状況の中で、前述の緊急被ばく医療"合同チーム"と福島県立医科大学(上記②)は、福島県に協力して、被ばく医療対策本部として「緊急被ばく医療調整会議」を設立し、初期対応を行うこととなりました。

 先ず"合同チーム"は、避難住民の皆さんの汚染スクリーニングと除染の体制を整備しました。福島県が、大学や各自治体などから派遣される方々とともに、スクリーニングチームの編成や、効率的に住民の汚染検査を実施するための助言・支援を行いました。

 次いで、現地対策本部医療班(放医研、広島大学が常駐)は、万が一に重傷の被ばく患者が発生した場合の患者の搬送ルートとその受け入れ医療機関の調整を行い、福島県立医科大学に広島大学・長崎大学の医師が合流し、どの様な時でも最善の医療が実施できる体制を整えました。その後、国、福島県、及び三次被ばく医療機関などの関係者がさらに検討を重ね、最終的なトリアージ法や患者搬送機関と受け入れ医療機関などを決定していきました。幸いなことに今回の事故では、これまでのところ重傷の被ばく患者は発生していませんが、この患者搬送ルートを用いて、実際に被ばくが疑われる患者を福島県立医科大学や放医研に搬送し、被ばく線量の推定や診断が行われました。

 更に合同チームは、住民の皆さんの安全・安心に資する活動の一つとして、避難住民が安全に警戒区域の自宅に一時立ち入り出来る様、専門的立場での支援も行っています。

人材の確保・育成と、体制の更なる充実を

 こうして、東海村JCO臨界事故の経験から生まれた緊急被ばく医療体制は、今回の事故での想像以上の混乱と困難を何とか乗り切り、「異常事態の発生時に人の健康と命を守るセーフティネット」としての当初の役割を果たしました。そこには、地域で育った緊急被ばく医療に携わる医師や看護師たちの多大な貢献もありました。体制の実効性を担保し、起こってはならない事故に備えるために、《極めて地道な分野での人材》の確保と、《高度な専門性を有する人材》の育成が必要であることを、忘れてはならないと思っています。

 今後、この事故での経験を多角的に検証し、緊急被ばく医療体制のさらなる充実を図る必要があることは、言うまでもありません。原子力施設での作業が続く限り、この医療体制は維持し続けなければならないのです。

※なお現在は、「緊急被ばく医療のあり方について」の内容は、平成24年10月31日に原子力規制委員会において定められた「原子力災害対策指針」 に移行されています。


(神谷 研二 広島大学原爆放射線医科学研究所長、福島県立医科大学 副学長)

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