島田晴雄
慶應義塾大学教授
「沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会提言の実施に係わる有識者懇談会」(以下、有識者懇談会と呼ぶ)は、1997年6月以来、3年間にわたって、各市町村におけるプロジェクトの立案ならびに実施状況を点検し、吟味し、助言してきたが、このたび、該当する25市町村すべてのプロジェクトが出揃い、そのそれぞれについて有識者懇談会としてのひととおりの検討も完了したので、当初の予定にしたがって有識者懇談会の任務を修了するに当たり、これまでの活動の内容と成果ならびにその評価についての報告書をとりまとめたいと思う。以下の本文がその報告書であるが、報告書の冒頭に、有識者懇談会の座長として若干の所感を述べさせて戴きたいと思う。
有識者懇談会は、それに先行する「沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会」(以下、沖縄懇談会と呼ぶ)の提言に即して当該各市町村が行うプロジェクトの企画、計画、実施について、その内容を検討し必要な助言を行うなど、いわばフォローアップ活動のために設置された。
「沖縄懇談会」は、日本の国家戦略としての日米安全保障体制下で米軍基地が集中的に所在することによる有形、無形の負担と重圧を担う沖縄の市町村の人々にたいし、そのことからくる閉塞感を和らげ、将来への希望につながる夢のあるプロジェクトを、市町村の人々の発意で実現して戴くことを、国として支援するために設置された内閣官房長官の私的諮問機関であった。
そうした目的のために、国が直接、市町村の事業活動を支援することは、極めて異例のことであるが、「沖縄懇談会」は、そうした支援が適切におこなわれるよう、望ましい事業の性格や実施のあり方を構想し、政府にたいして提言するために組織された沖縄および本土の有識者によって構成された第三者機関であった。
「沖縄懇談会」は基地所在市町村からの集中的なヒアリングと要望の検討をふまえ、1996年11月に提出した報告書において、政府が支援すべき当該市町村のプロジェクトは、(1)経済活性化に役立ち、米軍基地所在による閉塞感を和らげ、なかんずく若い世代に夢をあたえるもの、(2)継続的な雇用機会を創出し、経済自立につながるもの、(3)長期活性化につながる人づくりに資するもの、(4)広域的振興や環境保全につながるもの、といった趣旨に適うものと性格を規定した。
そして、そうしたプロジェクトを構想するためのいわば叩き台として、いくつかの具体的なモデルを提示した。それらは、既成市街地を活性化するプロジェクト、新しいふるさとづくりによる地域振興を図るプロジェクト、離島における産業振興プロジェクト、広域拠点育成プロジェクト、青少年の教育・啓発プロジェクトなどであった。
こうした趣旨に沿うプロジェクト計画を当該市町村から募集したところ、寄せられた応募のなかに、典型的ないわゆる箱物型のプロジェクトや提言の趣旨に必ずしもそぐわない計画が、少なからず含まれていた。そうした応募計画をそのまま認めるわけには行かない。なぜなら、懇談会提言の趣旨は、あくまで上記の目的を実現するにふさわしいプロジェクトを支援することにあり、それらの効果を期しがたい単なる箱物の建設には貴重な公的資金を費やさないということであった。また、これからの経済社会の需要に合致しない箱物は将来、市町村にとっても”お荷物”になる危険が大きいからである。しかし、これまで伝統的な箱物型公共工事に慣れ親しんできた市町村に、いきなり事業性、採算性、自立性のあるプロジェクトの構想を期待することにも難しさがある。
そこで、市町村から提出された計画を吟味し、検討し、より望ましい方向に発展するよう助言するためのフォローアップ機関として「有識者懇談会」が設置されたのである。有識者懇談会は設置以来3年間に、8回の会合を主に首相官邸で開催し、また、さらに詳細な検討をするため作業部会を沖縄で11回開催したが、その前後の膨大な調査や準備作業を含め、緻密な検討と緊密な助言を行ってきた。そうした活動の結果、当該25市町村から提出されたプロジェクトについて、その一部は事業としてすでに実現し、その他すべてについて必要な検討をこのほど完了した次第である。
25市町村は総計37事業46事案のプロジェクトに取り組んでいるが、これらのうちいくつかについては施設はすでに完成し、それを用いて観光や産業活動、人づくりなど所期の事業を展開する段階に入っている。その他の事業は、調査、計画、設計などさまざまな段階にある。
本報告書では、これらのプロジェクトの評価の一環として、プロジェクトが生み出す経済波及効果を産業連関表の沖縄地域内表をベースにして推計している。分析の結果は、プロジェクトの施設の建設による直接的な建設経済効果にくらべ、プロジェクトが施設を活用して行う事業の波及効果が、中長期的にははるかに大きな経済効果を生む可能性があることを示している。
そうした経済効果のうち、生産面の誘発効果は、1997年度から2007年度までについて見ると、建設総投資額にくらべて約4倍の効果をもたらし得る。また、雇用面では、年間約9000人の雇用を生み出す可能性があり、それは、現在の沖縄県における失業者の約2割を吸収できる効果である、といった分析結果が得られている。
この分析結果は、当該市町村の担当者をはじめ沖縄懇談会事業の関係者の努力が提言の趣旨に沿った適切な方向に実を結ぶ可能性を示すもので、大変勇気づけられるデータである。しかし、ここで十分に留意しなくてはならないのは、このデータは、これらのプロジェクトが計画書の想定どうりに、その成果を挙げた場合の数字であるということである。
各々のプロジェクトは、施設の建設までは計画どおりに進行したとしても、問題は、その施設を使って事業を展開する段階で、果たして想定どうりの成果を挙げられるかということである。事業の成果は予定どおりに達成されることが保障されているわけではない。成果が挙がるかどうかは、事業が経済や社会の需要に的確に応えて事業を自立的に発展させてゆけるかどうかにかかっているからであり、その成否は補助金ではなく、あくまで市場の選択に委ねられるからである。
たとえば、観光施設を作っても観光客がくるかどうか、土産物が売れるかどうか、スポーツ施設を作っても計画どうりに利用されるかどうか、劇場を作っても採算のとれるだけの入場者があるかどうか、ショッピングセンターを作っても儲かる店が入居するかどうか、交流施設を作っても人々が集まるかどうか、教育施設を作っても期待どうりの教育効果が挙がるかどうか、そして教育をうけた人々がはたして就職することができるかどうか。これらの問いに答えを出すのは政府の補助金ではなく、これらの施設を使って展開される事業の市場競争力なのである。
競争力のない事業を展開しても、今日の情報化の行き渡った激しい競争社会では、事業の成功は望めない。事業を成功させるかどうかの鍵は、他の競争相手が真似のできないような顧客を満足させるサービスを提供することである。問題は、そうした事業を誰が担い、どのような責任を負い、どれだけの熱意を持って、どれほど努力を傾注するかである。
沖縄懇談会の事業にたいする政府の支援は一回限りである。施設建設後の事業運営についての財政支援はない。将来の赤字を補填する支援もない。したがって、これらの事業は、市場競争に打ち勝つ事業採算性と自立性をもつことがなによりも求められるのである。
この問題については、市町村の関係者をはじめ、プロジェクトに係わる多くの人々はすでに相応の認識をもっておられるが、このことの大切さを、すべてのプロジェクトの事業計画が策定された現時点の節目において、いま一度、強調させて戴きたいと思う。
あらためて認識すべきことは、プロジェクトの形はここで整ったが、事業の成否が問われる本当のプロジェクトはこれから始まるということである。プロジェクトが掲げている観光や人づくりや交流などの本来の事業を成功させることができるかどうかは、まさに、事業を担当する当事者の意志と努力にかかっているからである。
当事者として直接その任を担うのは事業主体の市町村である。国の直接の支援をうけてこのような事業を推進するのは沖縄のみならず全国の市町村にとってもおそらく未曾有の経験であり、沖縄の市町村がその異例の機会を活かして事業を成功させることができれば、それは、日本の地域づくりや地域産業の創出にとっても新しい可能性を拓くことになる。
力強いことは、これらの市町村において、事業推進の過程で、住民をはじめ民間から選ばれた有志が「チーム未来」という組織を結成して、プロジェクトの企画から実施にいたるまで積極的に関わり、彼らの知恵と力を提供する実績を残して下さったことである。プロジェクトが施設の建設を終わり、本来の事業展開に入るこれからの段階にこそ、「チーム未来」のような市民の協力と支援が、事業の成功にとって大きな助けになる。
当該市町村では、これまで組織されていた「チーム未来」の多くは施設建設計画の策定完了とともに解散されたと聞くが、「チーム未来」の熱意と知恵と力が本当に活かされるのはまさにこれからの事業展開の段階であり、市町村におかれては、事業の展開と運営を官民一体となって成功させるという自覚のうえで、今一度、「チーム未来」を本格的に再編成され、官民の協力体制を整備されるよう望みたい。
そのためには、「チーム未来」を、行政が力を借りるタスクフォースとして制度的に位置づけ、必要な予算を定め、行政側にも連絡担当者を置くことが必要だろう。幸い懇談会事業の一環として「チーム未来の家」がいくつか整備されることになっており、それらを拠点として、チーム未来の参加者も切磋琢磨し、行政の良きパートナーとして成長されることを期待したい。
いまひとつの重要な当事者は県である。懇談会事業は国が直接、市町村を支援する形をとったとはいえ、これらの事業は沖縄県の発展にとって有用な役割を果たすことは明らかであり、また、県の総合的な発展計画にとっても重要な一環となっている。これらのプロジェクトが、建設された施設を活用して本来の事業を成功させることができれば、それは上記の推計ように、沖縄の経済発展にとって大きな波及効果を生むことになる。
県は、企画開発部企画調整室において連絡調整を行っているが、事業展開が本格化するこれからは、各事業が成功するよう、さらに積極的に戦略的な支援をされることを望みたい。また、全県「チーム未来」構想は、県知事の選挙公約でもあり、行政に協力する草の根運動をふまえて最近組織された「沖縄チーム未来協議会」の活動にたいし、企画調整室に連絡担当者をおき必要な予算措置をするなど、行政として市民の熱意を誠意をもって受けとめ適切な支援をされることを望みたい。
国にたいしては、施設の建設段階では言うまでもないが、施設を活用した本来の事業が、適切に展開されるよう市町村の必要と求めに応じて、親身になって相談に応じ、かつ、支援することを求めたい。
沖縄懇談会の提言をフォローアップする役割を担った有識者懇談会の活動は、じつに多くの方々の熱意と協力によって支えられてきた。
国の直接の支援をうけてプロジェクトを推進するというはじめての経験に挑戦された各市町村の首長はじめ多くの関係者の方々、民間から「チーム未来」などの場をつうじて参加し協力された方々、こうした努力を総合的に支援された県知事をはじめ県当局の方々の尽力に敬意を表したい。とりわけ、稲嶺恵一知事、牧野浩隆副知事は、県政を担われるまで、沖縄懇談会ならびに有識者懇談会の場でこれらの活動をリードして戴いたが、その多大なる御貢献に深謝したいと思う。
沖縄懇談会は、橋本龍太郎元総理大臣、梶山静六元内閣官房長官の沖縄にたいする熱い思いと深い御配慮によって創設された。故小渕恵三前総理大臣は、これを受け継ぎ、暖かい支援を続けられた。村岡兼造、野中広務、青木幹雄の歴代内閣官房長官は有識者懇談会の活動を強力に支援された。これらの方々をはじめ、政府の多くの関係者や事務当局の方々の御尽力に心から感謝を申し上げたい。
最後に、公務御多忙のなか、沖縄懇談会、ならびに有識者懇談会の委員として終始、熱心に参加され、懇談会事業の適切な発展のために、貴重な時間を割いて、ご協力を下さった豊平良一、宮里昭也両委員(以上沖縄懇談会委員)、東江康治、荒田厚、稲嶺恵一、岡本行夫、小林悦夫、立石信雄、渡久地政弘、鷲尾悦也各委員(以上沖縄懇談会及び有識者懇談会委員)、小禄邦男、唐津一、狩俣信子、崎山律子、嶋袋浩、眞榮城守定、牧野浩隆、松田浩二各委員(以上有識者懇談会委員)にたいし、深甚の謝意を申し上げたい。有識者懇談会はこの報告書の提出をもってその公式の任務を終了するが、この異例の共同作業に参加された多くの方々とともに、沖縄が日本の誇るべき地域としてさらに発展し、21世紀の平和と繁栄に貢献する役割を共有しつづけることを祈りたいと思う。