iPS細胞技術が加速させる医学の発展(2017年春号)

山中教授は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞。iPS細胞の作製発表から6年という異例のスピードでの受賞は、iPS細胞がもたらしたインパクトと期待感を物語っている。

 事故や疾病などにより失われたり機能不全となった臓器や組織の働きを、細胞や組織などを移植することで改善させる再生医療。その切り札として期待されるのが、さまざまな組織や臓器の細胞に変化(分化)する能力を持つ「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」だ。2006年、山中伸弥教授は世界で初めてiPS細胞の作製に成功したことを発表し、その功績から2012年にはノーベル生理学・医学賞を受賞した。その後も、リスクや時間・コストの低減など、iPS細胞技術による再生医療や創薬に向けた研究など取り組みを続けている。

 山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、iPS細胞に特化した世界初の研究機関として2010年に設立された。オープンラボスタイルや積極的な寄付募集活動などを特徴としており、約500名の研究者や大学院生、技術員らが研究にいそしむ。山中教授は「再生医療や創薬といったiPS細胞の医療応用の研究は、10年単位の期間が必要となる。長きにわたりCiRAが安定的に運営されるように仕組みを整え、研究者が研究に没頭できる環境を作ることが私の重要な仕事の一つだ」と語る。

iPS細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cell)とは、ヒトの皮膚や血液といった体細胞に、数種類の因子を導入することで作製される細胞。さまざまな組織や臓器の細胞に変化(分化)する能力と、ほぼ無限に増殖する能力を持つ。写真:京都大学教授 山中伸弥

 CiRAが進める再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトは、免疫拒絶反応を起こしにくい特別な細胞の型を持つボランティアが提供した血液の細胞から医療用のiPS細胞を作製して保存し、再生医療やその研究での利用を希望する研究機関や企業に提供するための仕組みだ。「現状では、患者さん自身の細胞から作製したiPS細胞を使うと、再生医療にかかる時間と費用は膨大になってしまうが、この仕組みならば大幅に削減できると考えられる。あらかじめ品質が保証されたiPS細胞を他の機関に利用してもらえれば、スピーディーかつ低コストな臨床応用の可能性も高まる。iPS細胞による再生医療の産業化には不可欠な仕組みだ」と、山中教授はその意義を説明する。

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)

 現在、iPS細胞技術による再生医療に向けた研究は世界中で進行中だ。日本では世界に先駆け、2014年に目の難病である加齢黄斑変性の患者にiPS細胞から作った網膜色素上皮細胞を移植する手術が実現した。また、パーキンソン病や脊髄損傷などにおいても臨床応用に近づいている。

 基礎研究分野で優れた実績を残す日本は、近年は応用研究の成果を出すスピードも上がっており、基礎と応用の両輪の力で産業化への推進力が高まっている。山中教授は「iPS細胞技術を使った安価な治療法や新薬の開発は世界から期待されており、日本はきっとそこに貢献できる。難病患者さんに希望を与える再生医療と創薬の実現に向けて、着実に歩みを進めていきたい」と意気込む。日本発の技術であるiPS細胞技術が医学発展のスピードを加速させている。

iPS細胞もES細胞(胚性幹細胞)も、体内のさまざまな細胞に変化(分化)できる能力とほぼ無限の増殖能力を持つ。iPS細胞が抱える性質のばらつきなどの課題克服に向けて、日々、研究が進んでいる。

再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトでは、細胞移植の際の免疫拒絶反応が起きにくいと考えられるヒト白血球型抗原(HLA)型を持つ健康な人から血液を採取。CiRAの細胞調製施設(FiT)で医療用iPS細胞を作製・評価したのち、凍結保存する。すでに他の研究機関や企業への提供が始まっており、2017年度末までに日本人の30~50%に利用可能なiPS細胞をストックするという目標を達成する見込みである。

山中伸弥

1962年、大阪府生まれ。1987年に神戸大学医学部を卒業し、1993年に大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授などを経て、2004年より京都大学教授。2010年に京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の所長に就任。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞。

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