シニア世代をICTの世界に導く、80代のゲームアプリ開発者(2018年春夏号)

2017年6月、アップル社の開発者向け会議「WWDC」でティム・クックCEOと、シニアとICTの関係について言葉を交わした。

 「アップル社のティム・クックCEOは気さくにハグをしてくれて『私はあなたから大きな刺激をもらった』と言ってくださいました。私は『シニアのためiPhoneをより使いやすくしてほしい』とお願いしたんです。シリコンバレーの人たちは性や人種の多様性には熱心ですが、私のようなおばあさんたちは見落としてきたんじゃないかしら?」

 そう楽しそうに語る若宮正子氏は、83歳のiPhone用ゲームアプリ開発者だ。彼女は、自らの原動力を「新しいものにすぐに飛びつく好奇心」と言う。「知らない世界に対して自分で壁を作らないのが身上です」

「hinadan」は日本の伝統行事「ひな祭り」についての知識を活かして、ひな人形を4つの段の正しい位置に並べるゲーム。「シニアが操作しやすいよう、スライドやスワイプを用いず、タップだけで人形を動かせるようにした」と若宮氏。ダウンロード数は8万を超えている。

 きっかけは60歳で大手銀行を退職した当時、普及し始めていたパソコン(PC)に大きな可能性を感じ、早速購入したこと。PCを通してさまざまな人と出会い、交流できることに気付いた彼女は、「世界が広がった。60歳にして翼を手に入れた!」と高揚した。その後、このPCを幅広い世代に普及させたいという思いから、シニア向けのパソコン教室を開催するなどの活動に取り組むようになる。

 iPhone用ゲームアプリ開発を思い立ったのは80歳を過ぎてから。「もともとスマートフォンゲームにはシニアが楽しめるものが少ないと感じていた。それで、クリアする速さを競うのではなく、知識があれば若者にだって勝てるゲームを作りたくなった」というのが動機だ。早速、専門書を数冊買い込み、独学でプログラミングに挑戦した。

 最初は、アプリ開発向けのプログラミング言語と、それに必要な英語に苦戦した。しかし、持ち前の社交性を発揮し、わからないところがあれば、インターネットを通じて多くの人に助言を求めた。そうして、約5カ月をかけて完成させたゲームが「hinadan」というひな人形をひな壇の正しい位置に飾るというゲームだ。

若宮氏が主宰するパソコン教室では、シニア世代がパソコンの手ほどきを受ける。

 2017年2月に配信すると、反響は彼女の想像を超えるものとなった。日本の新聞や米国のCNNなどに相次いで取り上げられたばかりか、2017年6月にはカリフォルニア州サンノゼで開催されたアップル社の開発者向けの一大イベント「WWDC」に特別ゲストとして招待され、「最高齢の開発者」として紹介されることになった。イベントの前日には、前述の通り、ティム・クックCEOと懇談する機会も得た。さらに2018年2月にはニューヨークの国連本部で開催された高齢者とデジタル技術をテーマにした会議の基調講演で「ICT(情報通信技術)リテラシーがあればシニアは居場所づくりができる。SNS(交流サイト)を使うことで、離れて暮らす家族、友人、外国人を含めさまざまな人との交流が広がって幸せだ」とスピーチした。

 日本は高齢化に直面し、労働力が減少していくと予測されており、日本政府は「人づくり革命」に取り組んでいる。若宮氏はその活躍が認められ、高齢化をチャンスに変えるための施策具体化を検討する「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーの一人にも選ばれた。

 そんな彼女が目下、関心があるのはAI(人工知能)の進化だという。「仕事を奪われると恐れる人もいるが、人間は必ず新たな仕事を見つけ、新たな形で社会参加をするはず。この先の社会がどうなるか楽しみ」と彼女は好奇心を抑えきれないように目を輝かせる。

若宮正子
1935年東京都出身。1999年にシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在も副会長を務める他、NPO法人ブロードバンドスクール協会理事としてもシニア世代へのデジタル機器普及活動を行う。日本政府が2017年より開催する「人生100年時代構想会議」の有識者として、定年退職後の学び直しなどを支援する政策づくりに関わる。

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