第76回国連総会における菅内閣総理大臣一般討論演説
議長、初めに、新型コロナ感染症で亡くなられた方々の御冥福を心よりお祈り申し上げます。そして、医療従事者を始め、この感染症との闘(たたか)いに尽力されている全ての方々に深い敬意を表します。
スポーツを通じて平和でより良い世界を築いていくことを目指して、この総会の場で採択した休戦決議の下で、東京オリンピック・パラリンピックが開催されました。この夏の開催には、様々な御意見もありましたが、招致した開催国として、責任を果たし、やり遂げることができました。
選手の素晴らしいパフォーマンスは、多くの人々に感動をもたらし、世界中に夢や希望を与えてくれました。さらには、障害のある人もない人も、助け合って、共に生きる、共生社会の実現に向け、心のバリアフリーの精神を、世界に示すことができました。
そして、人類が大きな困難に立ち向かう中、この東京大会は、世界の人々の団結を象徴する大会となりました。
感動を届けてくれたアスリートの方々を讃(たた)えるとともに、皆様に、改めて、感謝を申し上げます。
議長、我々の前には、気候変動、経済回復、権威主義との競争など、共に取り組むべき多くの課題があります。とりわけ、新型コロナとの闘いは、未曾有(みぞう)の健康危機をもたらし、人々の生活、そして世界の在り方を大きく変容させました。
我々は、この危機をいかに乗り越え、どのような未来を築いていくのか。本日は、この喫緊で、世界の趨勢(すうせい)をも左右する課題に対する我が国の考えを、皆様にお示ししたいと思います。
議長、まずは、いかにして、この感染症を克服するかです。
「一人でも多くの方の命を守り、誰の健康も取り残さない。」
これは、人間の安全保障やユニバーサル・ヘルス・カバレッジを重視する我が国、そして、私自身が、今回の感染症対応に当たって、一貫して持ち続けてきた信念であります。我が国は、このための国際社会の取組を、けん引していく決意です。
中でも、この感染症との闘いの切り札となる「ワクチンへの公平なアクセス」が、世界中で確保されることは極めて重要です。全ての国や地域が、政治的・経済的な条件付けなく公平な形で、ワクチンを確保できる環境を作らなければなりません。
こうした思いで、私は、6月にワクチン・サミットをGaviと共に主催しました。我が国からの10億ドルを含め、途上国人口の3割、18億回分のワクチン確保に必要な資金目標を、大きく超える額を確保できました。
加えて、COVAXなどを通じ、約2,300万回分の日本製ワクチンを各国・地域に供給してきました。本日、更に追加し、合計6,000万回分を目処として供給することを表明いたします。
同時に、ワクチンを各国・地域の接種会場まで確実に届けるための「ラスト・ワン・マイル支援」も着実に進めていきます。
こうした取組を通じ、我が国は、約39億ドル規模の支援を世界で実施してきましたが、引き続き、新型コロナの克服に全力を尽くしてまいります。
議長、次に、我々の世界をより良い未来に導くために、我が国が特に重視する4点について述べたいと思います。
第1に、強靱(きょうじん)な国際保健システムの構築です。
我々は、今回のパンデミックから学び、将来に備えていかなければなりません。今回の経験から、国際的な保健問題への対応に当たっては地理的空白を作ってはならず、すべての国・地域の情報や知見が、自由で、透明な形で、迅速に、広く共有されることが重要であると考えます。
こうした観点から、我が国は、WHO(世界保健機関)の役割を重視してきており、引き続き、WHOの検証・改革の議論に積極的に貢献してまいります。
また、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの重要性が再認識されたところ、医療への公平なアクセス、社会的脆弱(ぜいじゃく)者の保護などを目指し、我が国は、「グローバルヘルス戦略」を策定し、国際社会と連携して、地球規模での健康安全保障の新たな枠組みづくりに取り組む考えです。
さらに、昨年私がこの場で提唱し、国連の下で進んでいる新たな時代の人間の安全保障の議論は、国際保健分野に限らず、様々な世界の課題における今後の重要な指針となるものと期待しており、我が国も力強く支援していきます。
この人間の安全保障の理念に立脚した、より強靱な国際保健システムの構築には、感染症のみならず、栄養、水、衛生など、幅広い分野での取組が重要です。我が国は、12月に、東京栄養サミット2021を主催し、世界の人々の栄養改善を推進してまいります。
第2に指摘したいのは、グリーンで持続可能な社会の実現であります。
気候変動問題は、人類全体で解決を目指すべき、待ったなしの課題です。同時に、気候変動への取組は、新たな成長の原動力であり、持続可能な開発目標の達成にも不可欠です。
我が国は、2050年カーボンニュートラルと整合的で野心的な目標として、2030年度に、温室効果ガスを2013年度から46パーセント削減することを目指します。さらに、50パーセントの高みに向けて挑戦を続けてまいります。主要な排出国を始めとする各国にも、更なる取組を期待します。
世界の脱炭素化に向けては、真に支援を必要とする途上国が取り残されてはなりません。2021年から25年の5年間で、島しょ国を含む途上国に対し、官民合わせて約600億ドル相当の支援を実施していきます。
こうした取組を通じ、我が国は、世界の脱炭素化の実現、そして、グリーンで持続可能な社会づくりに、リーダーシップを発揮してまいります。
第3に、法の支配に基づく、自由で開かれた国際秩序の重要性について強調したいと思います。
地域、そして世界の平和と繁栄のため、先人たちが築き上げてきた、自由、民主、人権、法の支配といった普遍的価値を貫徹していかねばなりません。私は、力ではなく、自由で開かれた国際秩序こそが、その根底にあるべきと確信しています。
これを実現するためのビジョンが「自由で開かれたインド太平洋」です。我が国は、志を共にする国・地域と緊密に連携し、その実現に向け戦略的に取り組んでいきます。
同時に、我が国は、引き続き、自由で公正な経済秩序づくりの旗振り役を務めてまいります。デジタル分野でも、保護主義や内向き志向に対抗するため、信頼性のある自由なデータ流通を実現するためのルールづくりにリーダーシップを発揮していく考えです。
デジタル空間の可能性を最大限活用する上で、新たな技術が我々の普遍的価値を損なうために用いられることがあってはなりません。
我が国は、自由で、公正で、安全なサイバー空間の実現に向けて、国連を始め、多国間の議論に建設的に貢献するとともに、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国などへの能力構築支援も実施してまいります。
さらに、適切なルールの下でのインフラ整備・開発金融も、より良い回復と成長には不可欠です。我が国は、「質の高いインフラ投資」の更なる普及と実践に取り組むとともに、全ての国によって開発金融の国際ルールが順守され、透明性・公平性が確保される環境づくりをリードしていきます。
第4に、より平和で安全な国際社会の実現について述べたいと思います。
我が国は、2022年安保理非常任理事国選挙で加盟国の支持を得て、国際的な平和と安全の維持、そしてルールに基づく国際秩序づくりに積極的に役割を果たしていく決意です。
平和構築の取組も重視します。同時に、安保理を21世紀の現実を反映した、より効果的な組織に改革するための交渉を、具体的な形で開始することを呼び掛けます。
より平和で安全な世界のためには、全ての国が、軍備管理・軍縮の国際的な取組に、透明性を持った形で、真摯に取り組むことが重要です。
我が国は、唯一の戦争被爆国として、立場の異なる国々の橋渡しに努め、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の努力に貢献してまいります。核兵器不拡散条約について、来年の運用検討会議での意義ある成果を目指します。
「人命を救う軍縮」とされる通常兵器の軍備管理・軍縮にも、引き続き取り組んでまいります。
同時に、我が国は、インド太平洋地域の平和と安定にも積極的に取り組んでまいります。
緊迫した状況が続くアフガニスタンが再びテロの温床になることを食い止めなければなりません。人道支援機関の安全な活動を確保し、女性などの権利を守ることが重要です。
タリバンがこれまで公言した約束を守るか否か、言葉ではなく行動を見ていきます。関係国・機関とも緊密に連携してまいります。
先般の北朝鮮による弾道ミサイル発射は、安保理決議の明白な違反であり、非難します。北朝鮮による最近の核・ミサイル活動は、我が国、地域、国際社会の平和と安全を脅かすものです。北朝鮮が外交的取組に関与し、非核化についての米朝間の対話が進展することを強く期待します。
北朝鮮による拉致問題は、国際社会の重大な関心事項であり、我が国の最重要課題でもあります。拉致被害者の御家族が御高齢となる中、拉致問題の解決は一刻の猶予もありません。
我が国としては、引き続き、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化を目指していきます。
日朝が実りある関係を樹立することは、日朝双方の利益に合致するとともに、地域の平和と安定にもつながります。
ミャンマーについては、民主主義や人権の実現というミャンマーの人々の希望を後押しする努力を惜しみません。事態の打開に向けたASEANの取組を力強く支持するとともに、国際社会と緊密に連携してまいります。
本日は、感染症の克服と、より良い世界の実現に向けて我が国が果たしていく役割についてお話してまいりました。その中で、私が一貫して重視してきたのが、国際協調、そして、多国間主義です。
議長、振り返れば10年前、東日本大震災によって、未曾有の被害を受けた我が国に対し、国際社会から多くの温かい支援の手を差し伸べてくださり、我が国は、復興の歩みを進めることができました。
こうした経験は、国際協調の重要性を再認識させてくれました。今後も、世界が直面する課題の解決、そして、国連が掲げる「コモンアジェンダ」の実現に向け、多国間主義を一層推進してまいります。
その中で、様々な地域のパートナーとの対話を重視してまいります。7月には、太平洋島しょ国との太平洋・島サミットを開催しました。来年チュニジアで開催するTICAD8(第8回アフリカ開発会議)では、日本とアフリカの協力関係を更なる高みに押し上げていきたいと思います。
また、我が国は、来年、第6回国際女性会議、WAW!を開催します。国際社会、特に国連女性機関などと協力しつつ、世界におけるジェンダー平等の実現と女性のエンパワーメント促進を進めてまいります。
皆様と共に、この危機を乗り越え、より良い回復、そして、その先の希望に満ちた世界を実現すべく、我が国は全力で取り組む決意です。
御清聴、ありがとうございました。