第24回国際交流会議「アジアの未来」晩さん会 安倍総理スピーチ
アジア各国、また国際機関から御参集の指導者の皆様、お目にかかれて大変光栄に存じます。
マハティール・ビン・モハマッド・マレーシア首相閣下、再びお国を引っ張るその決意に、心から敬意を表したいと存じます。
私にとってはまだ30年先まで政治家を続けていくという同じ決断をされたわけありますが、とても私にはそんな気力はございません。
そしてトンルン・シースリット・ラオス首相閣下、2年連続このアジアの未来に御出席ということでございますが、私は3年連続日本でお迎えできて大変うれしく思います。
今お名前を挙げたお二方を始め、この会議に例年お越しの皆様なら、日本経済の調子について、これを朝夕毎日見ております私どもより、むしろよくお分かりかもしれません。日本の景気をいかが御覧になっているでしょうか。
本年もまた、高校・大学を卒業して雇用を求めた男女のうち、実際に仕事を見つけた若者の比率が、98パーセントを上回りました。史上空前の水準となっています。
女性の労働参加率も、25歳以上の全ての世代で、今や米国を上回っています。そのためもあって、乳幼児のケアの改善が、常に変わらず、焦眉の急であります。
若者が前より積極的になり、女性がたくさん働き始め、景気の腰がしっかりしてきたという今。そんな今こそは、日本の未来に投資すべきとき。そして日本の未来への投資とは、すなわちアジアの未来への投資であります。また、必ずそうならなければなりません。
いついかなるとき、どの国、どんな社会にあっても、未来に投資するということは、次の三つを心掛けることなのではないでしょうか。
一つ目は、人への投資それ自体、つまり教育を充実するということです。
そして二つ目は、人と人との交流を進めることです。そしてそれによって何が起きるかといいますと、人に宿った知、ナレッジ同士の間で、化学反応が生まれます。
そして三つ目、人や物を活発に動かすこと。連結性の向上などといいますが、鉄道や、港のような、インフラへの投資を図ることです。さらに同じインフラでも、質の高いものでないといけません。この点は後ほど、一つ新しいファイナンスの仕組みをお話しするとき、もう一度振り返ります。
一に教育、二に知の交流、そして三にコネクティビティ、インフラの向上という三分野に、長期的視野の下、投資をしていくことです。
本日は、教育と、知の交流を進めるプランを、まず一つ、さらにインフラ強化にまつわる新たなファイナンスの提案を一つ、それぞれ御紹介しようと思っています。
しかしながらその前に、申し上げたいことがあります。北朝鮮についてであります。しかも今ここで北朝鮮に触れますことは、本論からの逸脱になりません。といいますのも、今申し上げた教育、人的交流、インフラづくりという三つは、アジアが真に平和であってこそ、その配当として望めるものだからであります。
平和と、法の支配と、自由を育てる道へと踏み出すとき、北朝鮮には、東アジアに大きな平和の配当をもたらすという、意味深い貢献が可能になります。
またネットワークとは、1人の新たな参入が、既にいるメンバーに、いながらにして、大きなメリットを与える仕組みであります。
北朝鮮という一つのミッシング・リンクがつながることは、アジア各国の経済と、人々をつなぐネットワークに、必ずや飛躍をもたらすことでしょう。
北朝鮮には、手付かずの資源があります。勤勉に違いない豊富な労働力があります。北朝鮮が、平和と、法の支配と、安定に向けた道へと踏み出すことの効果は、アジアを超越し、世界経済全体へ及ぶに違いありません。
だからこそ日本政府は、北朝鮮が国連安保理決議を忠実に守り、拉致、核、ミサイルの問題を包括的に解決したあかつきには、日朝平壌(ピョンヤン)宣言にのっとり、不幸な過去を清算して国交正常化し、経済協力を行う用意があることを繰り返し申し上げてまいりました。
明日(6月12日)の米朝首脳会談を前にして、先ほどトランプ大統領から電話を頂きました。
現在、現地シンガポールで行われている米朝の事務方の調整具合について、詳細な説明を頂きました。明日現地時間9時から始まる米朝の首脳会談においては、しっかりと、じっくりと首脳同士で話し合いたいということでありました。
私から改めて拉致問題について金正恩(キム・ジョンウン)委員長に提起していただくことをお願いし、それは間違いない、という力強い発言を頂いたところであります。
明日の歴史的会談を経て、北朝鮮が、国際社会の期待をしっかりと認識し、未来に向かって正しい道へと大きな一歩を踏み出すことを念願しているところであります。
そしてここからは、日本政府として打ち出す二つの新しいイニシアティブについて、皆様にお話ししたいと思います。
未来への投資は、人への投資、すなわち教育から始まると申し上げました。そこで新たな教育の計画です。日本のドナー機関でありますJICA(国際協力機構)と、日本各地の大学が手を組んで、新しいプログラムを始めます。
今年2018年以降、アジア、アフリカ、大洋州、中南米や中東から、出身国で国の将来を担う意欲と能力を持った若者たちを選び、日本にお招きします。具体的には20代から30代にかけての行政官が主体。出身国別で言うと、アジア各国が6割以上を占めることになりそうです。
そんな方たちに、JICAと日本の大学院が組んで始める講義を受けてもらい、学位を取ってもらう、そういう計画です。
途上国の将来を担う若者たちが、いつも2,000人ほど日本で学んでいるという状態を、5年くらいをめどに目指します。
学生たちには、生活費を含めコストがかかりません。そのかわり、勉強に精を出してもらいます。
JICAは、大学院各校と相談をして、シラバスに特色を出します。
日本経済新聞の皆様には、こうしてやってくるアジアの未来の指導者たちをこの会議に参加させていただきたい、しかも無料で、ということを今この場で突然お願いさせていただきたいと思います。根回しなしの提案ではありますが、どうか真剣に。今、会長も社長もうなずいておられますから、大丈夫かなとこう思っておりますが、期待しております。
大学院の学位ですが、これは英語だけで取れるようにします。
西欧の衝撃と出会った日本は、近代化に向けて何をしたのか。戦後、灰塵(かいじん)から立ち上がったとき、なぜ高度成長を実現できたのか。学生たちは、それら日本の経験を議論していくことになります。
日本の近代化には、急速な変化のつきものとして、失敗の経験があります。
それについても、シラバスは目をつむりません。
名付けて、JICA Program with Universities for Development Studies。縮めるときは、ジェイプラウド(JProUD)と、やや強引にそう呼ぶのだそうであります。
私は、このアイデアを、JICA理事長の北岡伸一教授から聞いたとき、大賛成だとすぐ言いました。そしてうまくいけば、人づくりの計画として、日本の経験にふさわしいものとなると直感しました。
本年、2018年は、日本が大きな体制変革を遂げ、世界に向かって扉を開いてから、ちょうど150年に当たります。明治維新150周年であります。
150年前、世界は今よりはるかに厳しい場所でした。うかうかしていると、強大国にいともたやすく蹂躙(じゅうりん)されてしまう、そういう時代です。このとき日本は、何を身にまとって世界に立ち向かったか。それは教育でした。
明治維新が始まって4年目、土地所有の仕組み、階級制度、カレンダーから髪型まで、何もかもが変化の真っ最中でした。
ところが、正にそのさなか、変革を始めた当事者たちが、総勢107人も一斉に日本を留守にします。今でいう主要閣僚、政府の幹部、学者や、全国から集めた俊秀が、ごっそりいなくなってしまった。1年9か月にわたって、米国、英国、フランスなど、当時の主要各国を軒並み視察に回ったのです。
巨大な変革を正に実行中の政権としては、世界史上空前にして絶後の指導者一大集団留学でありました。
しかもその間、国内の留守居組は、権力の簒奪(さんだつ)など計ってはいません。共に志を共有していたからであります。
そうだ。明治を興した父祖たちは、教育の大切さを骨身に沁(し)みて知っていた。そんな先人たちのおかげで、日本は近代の荒波に、自分から飛び込んでいけたんだった。
北岡教授の話を聞きながら、私は、そんなことを思い出していました。
同時に、最近訪問した各国やお招きした国々の指導者から度々伺ったお尋ねも記憶によみがえりました。
伝統と近代化の折り合いをどうつけたんだ、というお尋ねです。その経験を、安倍さん、あなたはどう説明するんだ、と聞かれることは、一度や二度ではありませんでした。
新しい教育プランは、そんな疑問に、留学生たち自らが自分で解答を見つけるいい機会になるだろうと思います。
同時に、それは彼らの周りにいる日本人の学者や学生に、自分とは何者だったか内省を強いるものともなるでしょう。
日本の大学院も変革を迫られると思います。
英語の教材が乏しいなら充実しないといけません。
将来母国を背負うことになる若者の強い使命感に応えて、本邦大学院は講義の質を上げていくことができるか。開かれた学びの場に、自己変革を遂げることはできるのか。日本の高等教育機関にとって、必ずや得難い刺激になるだろうと思うのであります。
それはつまり、人と人とが出会うとき、ナレッジとナレッジの化学反応が起きるということであります。
それはもちろん、学生と学生の間でもそういう化学反応が起きると確信をしています。自分の国を良くしたい。こう渇望している学生たちと、日本の学生たちは交わり、間違いなく刺激を受けることになるんだろうと思います。
互いに、互いの変化を誘発するということではないでしょうか。
アジアの未来に投資をすることは、すなわち日本の未来に投資をするということ。逆もまた真。新たにつくる教育計画は、その良い例証となるでしょう。
皆様、来年2019年に、日本はG20をホストします。
そこで声を大にして申し上げたいのが、インド洋、太平洋という、二つの海の交わりにまたがるインフラ需要に、新たなやり方で取り組もうということです。
そのため日本政府は、このほどJBIC(国際協力銀行)に、新しい金融の枠組みを設けます。向こう3年、日本の官民合計でおよそ500億ドル、資金を提供できるようにするという枠組みであります。
それによって、インド太平洋地域に、質の高いインフラをつくる一助になりたいと、私どもは願います。
質の高いインフラとは、初期費用とは別のライフタイム・コストで考えると、むしろ割安になるもののことです。
それによって対象国が、外国からの投資をもっと惹(ひ)きつけられるようになる。雇用が生まれ、働く人々に、教育の機会が増える。一層の投資が進んで、ローンの返済も無理なく進む。と、そんなふうに自律的循環を促すインフラが、質の高いインフラです。
発展の自律的循環をインフラが促すという知見。これは日本がその発展の経験の中で、自ら得たものであります。
戦後8年目の1953年から、日本は世界銀行の融資を受け始めました。累計額は8億6,000万ドル。今なら600億ドル相当という巨額に上りました。
これを日本は東海道新幹線の建設に使い、巨大な水力発電ダムをつくるのに用い、高速道路の敷設(ふせつ)に当てて、高度成長の土台となるインフラづくりに徹底的に投入したのです。
世界銀行への返済が終わったのは、やっと、1990年7月のことでした。
借金を始め、返済を終えるまで。それは、私が生まれた頃から、30代半ばになるまでの、日本の経験であります。
東海道新幹線は、1964年10月に開業以来、列車運行に起因する死傷者をただの1人も出さず、定刻からの遅延は平均30秒以内という運行を続けています。
当時日本がつくったインフラは、これを大切にする習慣を育てました。ノウハウや技術の進歩を生みました。同じ経験をインド太平洋の広大な空間に大いに広げていきたい。
まずは資金の新たな仕組みを打ち出しました。未来に向け、盛んに私どもの考えを述べてまいります。また、先の新留学計画でお呼びする若きリーダーたちにも、日本と世界銀行の経験など、是非学んでいただきたいと存じます。
皆様、私は日本の外交の、地平の拡大に努めてまいりました。
ASEAN諸国の一体性(ユニティ)と中心性(セントラリティ)を重んじつつ、豪州、インドとの関係を深めました。海洋国としてのアイデンティティに立ち戻りつつある英国や、フランスとも、外交・安保関係を強めています。傍ら、ロシアのプーチン大統領とは、21回の首脳会談を経て、未来の構想を共に描いています。
今年、来年は、日中関係が皆様の注視の下、新たな高みに到達することでしょう。
土台を成すのは日米関係ですから、先週もトランプ大統領とじっくり話をしてきたばかりであります。
全ては日本の未来のため。ひいてはアジアの未来のため。
未来を生きる日本とアジアの若者に、自由と、平和、法の支配と、繁栄を享受してもらわんがためであります。
本日はその一助となるべく、日本政府が何を成そうとしているのか、新たなプランの一端を御説明申し上げた次第であります。御清聴ありがとうございました。