令和6年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示
本日、ここ横須賀小原台(おばらだい)の地において、伝統ある防衛大学校の卒業式が挙行されるに当たり、内閣総理大臣として、卒業生諸官に対し、心からのお祝いを申し上げます。
卒業おめでとう!
諸官が、ここ防衛大学校で学び、過ごした日々は、かけがえのないものであったことでしょう。厳しい教育訓練を乗り越えるため懸命に努力した日々、仲間との議論で互いの想いをぶつけ合い、時には笑いあった日々、その日常は、決して平坦(へいたん)な道のりではなく、険しい道のりであったことと思います。そのような中でも、諸官は志を同じくした同期の仲間と助け合い、絆(きずな)を深め、自分たちの力と知恵を振り絞りながら、学業や訓練、校友会活動などに励み、この日を迎えられました。諸官は、これから、国民の期待を背負い、幹部自衛官としての崇高な任務に従事することとなります。諸官の自信に満ちた表情、凛(りん)とした姿に接し、必ずや国民の期待に応えてくれるものと確信するとともに、自衛隊の最高指揮官として、深甚なる敬意を表する次第であります。
多くの諸官が生まれた2002年、私は小泉内閣において、防衛庁長官を拝命し、日本の防衛の舵(かじ)取りという重責を担うこととなりました。翌年の3月23日、正にこの場所において、当時の卒業生に対して訓示を述べたことを今でも鮮明に覚えております。そして、あの頃まだ小さな赤ちゃんだった諸官は、今、頼もしく成長し、正に、防衛力の中核として任務に当たらんとしております。
その間、我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変化をいたしました。中国は、東シナ海、南シナ海での力による一方的な現状変更の試みを継続・強化しています。北朝鮮は弾道ミサイルの発射を繰り返し、急速にその能力を増強しています。ロシアによるウクライナ侵略は継続し、北朝鮮兵士のロシアへの派遣も行われています。「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」、そういう不安を多くの人が抱くに至っております。
このような安全保障環境の中において、我が国の独立と平和、国民の命、平和な暮らしを守り抜くこと。これは我々に与えられた責務であります。武力侵攻が起きたとき、当たり前だった日常が失われることは、ウクライナを見れば明らかであります。さればこそ、武力侵攻といった脅威が我が国に及ぶことがないよう、抑止力を強化しなければなりません。防衛力の抜本的強化は、我が国自身の抑止力を強化するために不可欠であり、引き続き、国家安全保障戦略等に基づき、取り組んでまいります。
しかしながら、防衛力の強化は、ただ自衛隊の装備を増やせば良いのではありません。防衛力の最大の基盤は人であります。諸官一人一人の存在が防衛力の中核であり、諸官一人一人の努力が我が国の抑止力の強化に直結するのであります。
私は、自衛隊、そして自衛隊員には最高の栄誉が与えられるべきと考えております。諸官は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる」との服務の宣誓を行います。このような誓いを立てる諸官が、自衛官であることに誇りと名誉を持ち、働きがいを実感しながら職務に専念できること。自衛隊で身につけた知識や能力をいかしながら退職後も社会で活躍できること。これを実現するために、私が先頭に立って、中谷防衛大臣と共に、処遇改善に取り組んでまいります。
同時に、自衛隊には、最高の規律が求められます。最高の栄誉であり、最高の規律、それが自衛隊に求められるものであります。国民にとって、防衛省・自衛隊は、最後のよりどころです。その役割を全うするためには、自衛隊が国民から全幅の信頼を得る組織でなければなりません。近年、自衛隊に良い印象を持つ国民は9割近くに達しております。これは、服務の宣誓を胸に、ひとえに「国を守る」という使命を果たしてきた、そして、今も果たしている諸官の諸先輩方の努力のたまものに他なりません。諸先輩方のこの努力を、諸官は受け継いでいただきたい。厳正に規律を保持し、ハラスメントなどは一切許容しない、現代にふさわしいリーダーシップを発揮すること、そして、服務の宣誓に忠実に国民の負託に応えること。これは、幹部自衛官として組織を率いる諸官に求められる不可欠の素養であります。強い覚悟と責任感を持って任務に邁進(まいしん)していただきたい、このように考えます。
私が防衛庁長官であった2003年、忘れられない出来事がありました。我が国はイラクの復興支援のため自衛隊の部隊を派遣することとし、その年の12月24日、クリスマスイブの日に、当時の小泉純一郎内閣総理大臣臨席の下、愛知県の航空自衛隊小牧基地で航空自衛隊輸送機部隊の編成完結式が行われました。世間は12月24日、多くの若者たちがクリスマスの楽しみに浸っておる、そういう日であります。そのような日に編成完結式を行いました。その壮行会において、派遣される若い航空自衛官が私の手を握って、総理大臣から訓辞をもらい、防衛庁長官からも激励を受け、記念写真を撮り、握手をして「頑張れよ」と言ってもらったと、なぜ自分が行かねばならないのか、それがはっきりとはわからなかったと、しかし、イラクの人たちが、水が出ない、道路が壊れた、学校を直してほしい、そういう強い願いを持ち、当時のイギリスのある世論調査機関が行った調査で、一番来てほしいのは日本なのだと、そういう思いがあったと、だから戦闘は終わって、しかしながら、なお危険は残存している、イラクの人々の願いに応えるのはこの日本国において、自衛隊しかないと、それを総理大臣から、防衛庁長官から聞いたと、俺にとって今日は最高のクリスマスだと、長官行ってきます、と言ってくれたことを、私は終生忘れることはありません。厳しい任務であろうとも、誇りを持って真摯にこれを遂行する。このような隊員一人一人を大切にしたいと思います。この思いは、今日に至るまで全く変わっておりません。
本年は2025年、昭和から数えると、ちょうど100年。本年1月には阪神・淡路大震災から30年、8月には戦後80年を迎えます。その節目の年に諸官は幹部自衛官としての一歩を踏み出します。これからの日本が、将来に向けて何をなすのか、そして次の時代に何を残すのか、そのために諸官は何をすべきか、常に問いかけながら、自衛官として、人として、大きく成長してくれることを願います。
留学生の皆さん。本日をもって、防衛大学校での留学生活を終えることとなります。慣れ親しんだ母国を離れ、日本の文化に戸惑い、悩まれることもあったと思います。しかし、この防衛大学校での留学生活を通じ、得た知識や経験、そして一緒に学んだ多くの仲間との絆は、皆さんにとって生涯決して忘れることのない、かけがえのないものになったはずであります。皆さんは日本を離れても、防衛大学校の卒業生であります。このことを誇りに、今後、それぞれの母国で活躍されること、また、母国と日本との友好の懸け橋となられることを切に願っております。母国の皆様には、是非、防衛大学校の、また、日本の魅力を伝えていただきたいと存じます。
御家族の皆様。大切な御家族を本校に預けていただき、深く感謝を申し上げます。昨年、私自身が議長であります関係閣僚会議を設置し、自衛官の処遇・勤務環境の改善、新たな生涯設計の確立に向けた諸施策を講じ、これに基づく基本方針を取りまとめたところであります。これに基づく取組は既に始まっており、大切な御家族が自衛官としての誇りと名誉を持ち、国防という極めて崇高な任務に専念できるよう、万全の体制を構築してまいります。「家族が自衛官になって本当に良かった」と、そう感じていただけますよう、政府を挙げて取り組んでまいりますことを、ここにお約束を申し上げます。
今年は戦後80年ということを申し上げました。諸官は多くの本を読んでこられたことかと存じます。1冊の本を紹介しておきたいと思います。吉田満という人が書いた「戦艦大和ノ最期」という文庫本にもなっています。内容をお話しすることはここではいたしません。国家とは何か、生きるとは何か、国を守るとは何か、私はそれを読んで強く胸を打たれたものであります。是非、お読みをいただきたいと存じます。吉田満、「戦艦大和ノ最期」。
最後になりましたが、平素より防衛大学校への御厚情を賜っております御来賓の皆様に心から御礼申し上げますとともに、日々、幹部自衛官となるべき学生の教育のために、深い愛情を持って取り組んでこられました久保文明学校長を始めとする教職員各位に心からの敬意を表し、そして、防衛大学校のますますの発展を祈念し、私の訓示そして贐(はなむけ)の言葉といたします。
令和7年3月22日
内閣総理大臣 石破 茂