日経フォーラム第29回「アジアの未来」晩さん会 岸田総理スピーチ

更新日:令和6年5月23日 総理の演説・記者会見など

 御列席の皆様、日本の内閣総理大臣の岸田文雄です。「アジアの未来」の盛大な開催、心からお喜び申し上げます。アジア各国の首脳の皆様、ようこそ日本にお越しいただきました。本年もまた、この晩さん会でアジアのリーダーの皆様を前にお話しできますことを大変光栄に思っております。
 本年の「アジアの未来」のテーマは、「揺れる世界とアジアのリーダーシップ(Asian Leadership in an Uncertain World)」であるとお伺いしています。非常に時宜(じぎ)を得たテーマであると考えます。現在、国際社会は歴史の転換点にあり、長引くロシアによるウクライナ侵略、中東での緊張の高まり、紛争の継続によって深刻化する人道危機といった複合的危機に直面しています。このような中、アジアは世界経済を牽引(けんいん)する成長センターとして一層存在感を高めており、アジアの未来は今や世界の未来を左右すると言っても過言ではありません。
 人間の尊厳が尊重され、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序が維持され、強化される、そのようなアジア、そして世界を私たちの手で作り上げ、将来世代に繋(つな)げることが、私たちの役割です。日本は、世界を分断と対立でなく、協調に導くため、アジア諸国を含む、いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる国々との関係の強化に努め、あらゆる場でこのビジョンを訴えてきました。本日私からは、岸田外交の進める、この地域における協力の推進、その中での新たな経済・社会的課題への対処、そして地域を越えた連携の取組、この3点について、お話ししたいと思います。
 私は、昨年3月に「自由で開かれたインド太平洋」、FOIPの新たなプランを発表しました。その中で重要地域と位置づけた東南アジア、南アジア、太平洋島嶼(とうしょ)地域との協力をその後も着実に拡充し、地域全体の成長を目指してきました。
 本日の晩さん会には、マレーシアのアンワル首相、タイのセター首相にも御出席いただいておりますが、とりわけ日本と東南アジア諸国は、長年にわたり心と心の触れ合う相互信頼関係を築いてきました。シンガポールの著名なシンクタンクがASEAN(東南アジア諸国連合)諸国で行っている世論調査では、日本は主要国の中で、ASEANの最も信頼できるパートナーとして、調査開始以来6年連続で選ばれています。日本は今後も東南アジア諸国との関係を更に強固なものとし、次世代に繋ぐべく、協力を進めていきます。
 昨年12月、日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議を東京にて開催し、日ASEANが信頼のパートナーとして共通の課題に共に取組、未来の経済社会を共に創り上げる「共創」をビジョンとして打ち出しました。
 この共創の精神で、地域全体の成長を加速させていきます。サプライチェーン強靱(きょうじん)化等の連結性強化、脱炭素に向けたグリーン・トランスフォーメーションを進めるとともに、次世代自動車や、さらにはデジタルなどの未来を担う分野で、象徴的なプロジェクトを組成し、アジアを軸としてこれからの成長を共に描いていきたいと考えます。
 昨年9月に打ち出した日ASEAN包括的連結性イニシアティブでは、交通インフラ整備に加え、電力連結性、人・知の連結性を含め、幅広い分野で、連結性強化の取組を進めていくことを表明しました。現在までに、ベトナムやフィリピンにおける鉄道や道路建設への更なる融資や、カンボジアとのデジタル分野でのオファー型協力の開始など、協力は着実に進展しています。インドネシアへの大型巡視船の供与といった協力も、各国の海上法執行能力を強化し、海の連結性の強靱化に繋がるものです。
 相互の信頼関係のためには、世代を超えた人材のつながりも重要です。昨年、ASEANの国々の若手経営者・起業家の方々を日本にお招きし、私自身も直接お話ししました。生まれた友情を大きな木に育てていくために、今年も、ASEANの国々から若いリーダーの方々をお招きし、日本とASEANの未来を大いに語る場を提供してまいります。
 南アジア諸国との協力・連携も更に強化していきます。FOIPの新プランで打ち出した、ベンガル湾・インド北東部の産業バリューチェーン構想は、ハード・ソフトの連結性支援に加え、民間投資を促進し、バングラデシュやインドと協力しながら、地域全体のビジネス・産業の育成を目指すものであり、日本の産業界にも裨益(ひえき)するものと考えています。
 気候変動による海面上昇、火山噴火などの自然災害などのリスクを抱える太平洋島嶼国地域に寄り添い、隔絶性や遠隔性といった課題に共に取り組んでいくことも重要です。日本が本年7月に東京で主催する第10回太平洋・島サミット(PALM10)も活用し、「2050年戦略」に沿って取組を一層強化していきます。
 冒頭、国際社会は歴史の転換点にあると申し上げました。これは、国際政治の世界に限らず、我々の生活に直結する分野で特に顕著です。気候変動、感染症などの問題はますます深刻になっていますが、それに加え、私たちは、AI(人工知能)を始めとする従来とは性格を異にする科学・情報技術の進歩による課題に直面しています。アジアでは、日本や韓国、中国などの一部で既にこれまでにない少子高齢化が始まるなど、新たな社会的な課題にも向き合わなければなりません。我々がこれらの課題を乗り越えていく力、すなわちレジリエンスを示すことができるかは、我々がこれまでのやり方にとらわれない発想力を発揮できるかにかかっています。
 まず、グリーン・トランスフォーメーション、GXという新たな取組を、アジア地域で共に展開していきます。日本は、各国の事情に応じた多様な道筋による、ネット・ゼロという共通のゴールを目指し、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)構想を立ち上げました。そして、昨年12月、初の首脳会合を東京で開催しました。
 今後の首脳会合開催を視野に入れ、AZECの取組を一層具体化させるため、本年8月に、ジャカルタで第2回閣僚会合を開催いたします。脱炭素化の鍵となる電力、運輸、産業部門において、技術、資金、制度、人材面で、AZEC大で協調していくためのイニシアティブを打ち出します。
 さらに、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)において、アジア・ゼロ・エミッションセンターを始動させます。我が国で正に動き出したGXの知見を踏まえ、CO2(二酸化炭素)削減を評価するためのルール整備、トランジション・ファイナンスのアジアへの普及や投資促進に向けた政策手法の共有を進めていきます。また、カーボンニュートラル工業団地や水素製造、アンモニア専焼等の具体的な協力案件の推進を通じて、地域の脱炭素化に貢献してまいります。
 自動車産業は、長きにわたる日本とASEAN諸国との経済連携の象徴です。多数の日本企業が各国に進出し、現地の経済や雇用に大きく貢献しています。私たちの先人、そして同僚たちが作り上げたこの蓄積を、いかさない手はありません。
 世界の自動車産業には、現在、大変革の波が押し寄せています。この競争に勝ち抜くには、今後10年間が勝負です。ASEANが、次世代自動車産業で、世界の中心的な地位を維持し続けるためには、日本とASEANがどのように連携を深めていくか、2035年に向けた今後10年の自動車戦略を、ERIAと共に初めて策定し、この秋にもお示しすることとしています。
 その中で、ERIAの専門的な知見をいかし、2035年の世界における、自動車市場の絵姿について見通しをお示しします。そして、その世界市場を踏まえ、ハイブリッドからEV(電気自動車)までの多様な自動車の生産・輸出ハブを実現していくための戦略を具体化し、各国との具体的な取組に繋げていきます。
 GXとともに大胆な構想力が試される分野が、東南アジアの社会課題の解決と成長のエンジンであるデジタルです。日本は、各国の事情に応じて、安全・安心なデジタル社会の構築に貢献します。サイバーセキュリティ、5G(第5世代移動通信システム)、オープンRAN(無線アクセスネットワーク)や海底ケーブル、データセンターや半導体産業など、デジタルを支える基盤を更に強化します。
 デジタル・トランスフォーメーション、DXの動きを加速しているAIについては、昨年、G7議長として、広島AIプロセスを提唱しました。そして先日、OECD(経済協力開発機構)閣僚理事会において、インド、ラオス、シンガポール、タイ等のアジアの国々を含む、49か国・地域の参加を得て、広島AIプロセス フレンズグループを立ち上げました。世界中の人々が安全、安心で信頼できるAIを利用できるよう協力を推進していきます。
 若い力が、AI技術の急速な発展の原動力になっています。日本やASEANのスタートアップを始めとする多くの企業が、AIの開発に取り組んでいます。これらの企業が、今後、アジア地域におけるAI利活用に向けて、各国の文化・言語に根差したAI基盤の構築に貢献できるよう、強力な後押しをしていきます。
 鍵となるのは、データの連携・活用です。企業や業界、国境を跨(また)ぐ横断的なデータ共有やシステム連携の仕組みとして、ウラノス・エコシステムがスタートしました。まず第一弾として、自動車用バッテリーの製造時のCO2排出量の情報などが、企業を超えてスムーズに算定できるようになりました。個別企業・業界を超えて、オープンに、そして、グローバルに連携可能であるとともに、必要な相手と必要な情報を円滑に繋ぐことができる、安全性や信頼性の高いデータプラットフォームを構築し、アジア各国の皆様にも活用していただくことを後押ししてまいります。
 こうしたDXの取組を支える基盤は人です。AIや半導体の人材育成に向けて、プログラムを策定し、今後5年間で10万人の高度デジタル人材育成を目指して、日ASEANで共に取り組んでまいります。これらの取組を進めるに当たっては、ERIAが産官学のハブとなり、ASEAN各国の工科大学とも連携していきます。
 冒頭、アジアの未来は今や世界の未来を左右すると言っても過言でないと申し上げました。これと表裏一体で、この地域の平和と安定、繁栄を確保していくためには、米国や欧州といった他のパートナーとの緊密な連携も欠かせません。日本はその先頭を走っています。
 昨年8月に米国キャンプ・デービッドで開催された、単独では史上初となる日米韓首脳会合では、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持するため、日米韓パートナーシップの新時代を宣言しました。
 先月の訪米では、日米が「グローバル・パートナー」として、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために、共にリーダーシップを発揮していく決意を示しました。また、初の日米比首脳会合も開催しました。米国を始めとする同盟国・同志国との重層な連携を強化し、地域の平和と安定、繁栄のために一貫して取り組んでいく考えです。
 また今月初め、日本はOECD閣僚理事会の議長国を務め、OECD東南アジア地域プログラム(SEARP)10周年記念式典を開催いたしました。これを契機に、信頼できるデータと分析というOECDの強みを東南アジアの持続可能な成長に繋げるため、新たなイニシアティブとして、日・OECD・ASEANパートナーシップ・プログラム(JOAPP)を打ち出しました。今後3年間で約14億円規模の資金を動員して、民間投資、連結性、持続可能性、デジタルといった分野で、OECD専門家の派遣、調査・分析、研修などのプロジェクトを実施いたします。
 そして、日本が位置する北東アジア地域自身の平和と繁栄を築く努力も重要です。本日出席されているザンダンシャタル国家大会議議長のモンゴルも地域の重要なパートナーです。
 さらにこの週末には、4年半ぶりに日中韓サミットが開催されます。多くの新たな課題に地域が直面する中、日中韓プロセスを再活性化させ、地域の平和と繁栄に対する大きな責任を共有する3か国による実務協力を重ねていきます。既にキャンパス・アジアという大学間の交流は、3か国からASEAN各国に広がっており、3か国の協力の利益を他の国や地域に広げていく日中韓+Xの取組も進めていきます。
 地域が引き続き大きな経済発展の潜在力を有する一方、世界において地政学的な競争が前面に現れ、安全保障の裾野が経済にまで広がる中、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序は全ての国、特に脆弱(ぜいじゃく)な人々のためにこそ一層重要なものとなっています。日本は、引き続き地域の平和と安定、繁栄のために各国と緊密に協力してグローバルな課題に対処し、持続可能な未来を共に創っていく考えです。
 同時に、民間企業や市民社会等との連携も不可欠です。市場経済原理に頼れない広範で複雑な問題に対処し、互いの活力を相互に環流させて更なる活力を生む強い経済をつくり、人間の尊厳が尊重され、幅広い中間層が夢をつかめる社会を次の世代に残していくのは、官民を問わず、今を生きる我々の責務であると考えます。
 日本は、官民が連動する形で各国のニーズに力強く応え、各国に寄り添い、その声を聞き、日本らしいきめ細かい協力をすることで、各国と共に成長してまいります。
 結びになりますが、本日、お越しくださった皆さんの、御健勝、御発展を祈念いたしまして、私のスピーチを終わらせていただきます。本日は、誠にありがとうございました。

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