本文へ移動

首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
言語選択
English
中文
表示選択
PC
モバイル
文字サイズの変更
中
大

放射線防護に用いる量と単位
~第2回 グレイとシーベルト~

  • 印刷

 放射性物質の人体への影響を説明するためには、放射線の量や強さ、すなわち線量に関する説明は欠かせません。ここでは、以下の通り2回に分けて、歴史的な背景や単位の名称となった人物の話なども織り交ぜながら、なるべくわかりやすい形でご説明しています。

第1回 ベクレル

  • 放射能の発見
  • 自然が行う“錬金術”「放射性壊変」の発見
  • 放射能の測定

第2回 グレイとシーベルト

  • 放射線防護の基本となる吸収線量「グレイ」
  • 実効線量と「シーベルト」
  • 実用量:測定器に表示される線量
  • 線量の単位になったシーベルト博士

第2回の今回は、放射線の吸収線量の単位であるグレイ、そして人体への確率的影響(発がんと遺伝的影響)のリスク指標としての単位であるシーベルトについてご説明します。

放射線防護の基本となる吸収線量「グレイ」

 放射線を受けることを「被ばく」と言います。放射線を受けた物質は、放射線のエネルギーを吸収します。単位質量当たりで吸収したエネルギーから、「被ばく線量」を表すことができます。これが「吸収線量(absorbed dose)」で「グレイ(Gy)」 という単位で表します。
 1グレイは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収があるときの吸収線量であり、放射線の種類、物質の種類に関係なく使用されます。なお、ジュールはエネルギーの単位で、1カロリー=4.184ジュールです。国際放射線防護委員会(ICRP)は、人体の吸収線量について、特定の臓器や組織が吸収する放射線エネルギーをその重量で割って、「1kg当たり平均1ジュールのエネルギーを吸収する被ばく線量」を1グレイと定義しています。吸収線量は、放射線防護の基本となる物理線量です。

図 吸収線量は物質が吸収した放射線のエネルギー量。1グレイは、放射線の照射により物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収があるときの線量をあらわす。

国際放射線単位測定委員会(ICRU)の要請を受けて、1975年、国際度量衡委員会(CIPM)は放射線吸収線量の国際(SI)単位として固有の名称「グレイ」を用いることを決定しました。

 このグレイという単位は、ルイス・ハロルド・グレイ(Luis Harold Gray)にちなんでつけられました。グレイは1905年、イギリスのロンドンで労働者階級の家庭に生まれました。小学校の成績が抜群であったことから奨学金を得て、パブリックスクールを経て、ケンブリッジ大学トリニテイカレッジに進学しました。その後大学も優秀な成績で卒業し、大学の実験物理学研究所として優秀な人材を集めていたキャベンディッシュ研究所の研究員となりました。
 グレイが研究所に入った1929年当時の所長は、第1回でも登場したラザフォードで、直接指導に当たったのは後に中性子を発見するチャドウィックでした。宇宙線やガンマ線と物質との相互作用の研究で多くの業績を残したグレイは、1933年、チャドウィックの仲介でロンドンのマウント・バーノン病院へ転職します。がん治療に用いるX線とガンマ線の、人体への線量を測定するため、物理学者が求められたのでした。
 グレイは子供の頃から物理学に興味を示し、生物学には関心がありませんでした。にも関わらず、当時としては珍しい病院物理士として、生物物理学分野に転職したのは、母親の妹と恩師夫人をがんで亡くした若い日の体験が動機であったと推測されています。

 X線やガンマ線を照射した物質中でのエネルギー吸収は、生成された二次電子の電離作用を通じて行われます。その電離を測定するために、固体物質に小さな空洞を作り、そこに特定の気体を封入して、その気体中で電気量を測定します。グレイは、その電気量を固体物質の吸収線量に換算する方法を開発して、「ガンマ線エネルギーの絶対測定のための電離方法」という論文を1936年に発表しました。これが「ブラッグ=グレイ(Bragg/Gray)の理論」と言われるものです。

 1938年には、あらゆるタイプの電離放射線に等しく適応できる線量単位を、リードと共に定義しました。のちに1953年、国際放射線単位測定委員会(ICRU)が吸収線量単位として「ラド(rad)」と命名した単位に相当するものでした。国際(SI)単位の吸収線量の特別な呼称として「グレイ」が用いられた原点が、ここにあるとされています。1グレイ=100ラドです。

実効線量とシーベルト

 放射線によって遺伝子の変化が生じ、その変化が残ったまま細胞が生き延びると、さらなる変化が多段階にわたって重なった結果、数年以上を経て被ばくした細胞ががん化する可能性があります。この種の影響を「確率的影響」と呼びます。生殖細胞に生じた遺伝子の変化の影響が次世代に現れることを「遺伝的影響」と呼びますが、人に関してはこれまで報告されていません。従って、人に関する確率的影響は、将来の発がん、またはがんになって死亡するリスクとして評価されます。
 確率的影響のリスクに注目して、その評価に用いられる線量が「実効線量」です。放射線防護の中核をなす線量単位であり、放射線防護の計画に当たって防護規準として使用するべき線量とされています。また、防護活動の成果を確認するための指標(ベンチマーク)としても使用できます。
 実効線量は、標準人の解剖学的計算モデルに呼吸器、消化器などの生理学的モデルを適用して、計算で求められる量であって、実測することはできません。人体解剖モデルとしては、最新のICRPの勧告(2007年)では、標準人に近い実在の男女のコンピュータ断層(CT)画像を用いて臓器重量を定めています。
 放射性核種毎に吸収線量から計算した、内部被ばく又は外部被ばくの臓器線量(等価線量)を男女標準人毎に計算した上で性平均等価線量を計算します。これに各臓器の発がん感受性の指標である組織加重係数を掛け算し、全臓器について足し合わせた値が実効線量です。
 2007年の勧告で改定した組織加重係数を表1に示します。等価線量は異なる放射線を受けた場合、放射線の種類による健康影響(確率的影響)の相対的強さを示す放射線加重係数で補正した線量で、臓器線量として用います。臓器の吸収線量に放射線加重係数を掛け算して、照射されたすべての放射線について足し算した値です。放射線加重係数は光子(X線、ガンマ線)と電子(ベータ線)が1、アルファ線重イオンが20、中性子の場合はエネルギーの関数として連続曲線で表示されます。

表1 ICRP2007年勧告における組織加重係数の勧告値

 発がんリスクの指標として用いるために考案された「実効線量」という線量単位は、平均的男女標準人の計算ファントームと生理学的モデルに、ICRPが定めた放射線加重係数、組織加重係数を適用して計算して得た線量です。放射線影響の年齢差、性別による差、人種差、個人差を平均化しているため、大きな不確実性(誤差)を内包する量です。従って、放射線防護の目的、すなわち管理目標の設定とそのコンプライアンスの評価にのみ使用することを意図しています。実際に被ばくを受けた個人の線量評価には、より正確な被ばく状況の精査を行い、個人の特性に合った線量変換係数を用いる必要があります。このことをICRPによる2007年の勧告は明記しています。
 等価線量と実効線量の単位は通常J/kgですが、国際単位として、特別な名称「シーベルト:Sv」が与えられています。等価線量のシーベルトか実効線量のシーベルトかが明確に判別できる記述をすることも、2007年の勧告の中で明記しています。

実用量:測定器に表示される線量

 放射線の人体影響の指標となる等価線量と実効線量は、モデルを用いて計算される量で、実際に測定することはできません。そこで、実際の被ばく状況を測定するときに、推定値または上限値を提供する目的で「実用量」が使われています。放射線業務を実施する場所の管理や、管理区域設定の目的では「空間線量計」が、そして個人の被ばくの管理の目的では「個人線量計」が使われます。
 ICRUが提案する人体模型の表面から10mm、0.07mmの深さでの実効線量当量率(1時間あたりのマイクロシーベルト)として値付けして、日常の測定に用いています。これは実効線量の安全側の近似値で「線量当量」と呼び、以下の実用量が定義されています。

  1. 外部被ばくに対して

    1)エリアモニタリングに対する実用量
    周辺線量当量:主としてX線、ガンマ線のような透過性の強い放射線の測定に用いる。
    方向性線量当量:ベータ線のような透過性の小さい放射線の測定に用いる

    2)個人モニタリングに対する実用量
    個人線量計を装着した部位の近くの照射状況を反映するのが、個人線量当量です。これは、人体上の指定された点(個人線量計装着部位)の下のある深さでの線量当量です。
    実効線量の評価には、「ICRU人体組織模型」の表面から10mm、皮膚や手足の等価線量の評価には深さ0.07mmが勧告されています。

  2. 内部被ばくに対して

    内部被ばくのための実用量は特に定義されていませんが、ICRPは吸入摂取と経口摂取による、特定の核種単位摂取量(1Bq)当たりの臓器線量(等価線量)及び預託実効線量(体内の放射性物質により、以後50年(子供では70年)にわたり受ける線量を積算したもので、最初の一年間ですべての線量を受けたものと仮定して表します)を計算する換算係数(mSv/Bq)を提供しています。

    放射線防護管理に用いる実用量は、実効線量の近似値と言えますが、より安全側、保守的になるように定められています。

線量の単位になったシーベルト博士

 ロルフ・マキシミリアン・シーベルトは、ドイツで生まれ、スエーデンに移住して成功した企業家の二世です。1886年5月にストックホルムで生まれ、1966年12月に逝去しました。私財を投じて開設したラヂウムヘメット物理実験室で、放射線測定装置の開発、放射線管理と防護を先導し、後に国立放射線防護研究所という行政機関と、放射線物理研究所と放射線生物研究所という二つの研究所へと発展させました。
 1941年には、カロリンスカ病院研究部放射線物理教授に就任しました。ICRP委員長(1928年―1932年、1956年―1962年)やUNSCEAR委員長(1958年―1960年)も務めました。病院で使用されているX線発生装置やラジウムの線量計測を標準化するために、移動測定部門を設立して、病院を回りました。
 このようにシーベルト博士は、放射線の生物影響、人への健康影響に強い関心を持ち、放射線照射と人体の受ける影響を測る単位の研究に取り組み、様々な単位を提案しました。その業績を評価されて、被ばくの健康リスクの指標となる国際単位に「シーベルト」が採用されているのです。

佐々木康人
 前(独)放射線医学総合研究所 理事長
 前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員
 元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長








参考資料(より深く学ばれたい方へ)

  1. 佐々木康人、安田仲宏 放射線防護基準の変遷(福島第一原子力発電所事故と放射線に関する情報3) 日本アイソトープ協会(http://www.jrias.or.jp/disaster/info.html
  2. 佐々木康人 放射線防護の最適化-現存被ばく状況での運用- 原子力災害専門家グループコメント第36回(https://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g36.html
  3. 多田順一郎 線量 第1回-第4回、Isotope News No.702-705, 2012年10月号-2013年1月号
  4. 日本原子力学会線量概念検討ワーキンググループ 放射線防護に用いられる線量概念 日本原子力学会誌 55:83-96, 2013
  5. 山崎岐男著 放射線生物学のパイオニア グレイの生涯 考古堂、新潟市 2000年
  6. 山崎岐男著 放射線防護の父 シーベルトの生涯 考古堂、新潟市、1994年
  7. 清水栄著 放射能研究の初期の歴史 丸善、京都 2004年
  8. 小山慶太著 ケンブリッジの天才科学者たち 新潮選書 東京、1995年
内閣官房内閣広報室
〒100-8968 東京都千代田区永田町1-6-1

Copyright © Cabinet Public Relations Office, Cabinet Secretariat. All Rights Reserved.