■はじめに
放射線の影響は、環境への影響と人の健康への影響に分けて考える事ができます。福島の現状に即してそれぞれの影響を考える上では、「線量」と一口に言うのではなく、「場の線量」と「人の線量」に分けて考えることが重要になります。
- 「場の線量」
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東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故後、様々な対策を立てるための区割りをする上で、それぞれの地点での線量率が重要な役割を果たしてきました。事故直後の平成23年4月22日に設定された、「年間の積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれのある地域を『計画的避難地域』とする」も、その例です。また、除染の効果も、その地点での線量率を用いて評価されています。「初めは年間●●ミリシーベルトだったが、除染の結果●●ミリシーベルトに減少した」といった具合です。
昨年5月、WHO(世界保健機関)が、福島の事故による被ばく線量を推定した報告書を公表しました(*1)。そこでは、「一般成人の場合、特に線量レベルの高い地域では、事故後の4か月間で10から~50ミリシーベルトの線量が見込まれる」と報告されていますが、これは、「事故後4か月にわたってずっと同じ場所に立っていた」という現実では起こりえない想定のもとに出された数値です。つまり、「人の線量」のような表現を採っているものの、事実上は「場の線量」に基づいた算定が行われているわけです。(4ヶ月間その場を動かない「人」は、「場」に等しいですから。)
さらに、この「場の線量」に基づいて健康リスクを計算していますが(*2)、「人の線量」が反映されていないという点で、福島の実態に合っているとは言い難いものです。
- 「人の線量」
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それぞれの地点での線量率は、放射線レベルに応じた区割りや、除染の効果の評価などの目安としては有用ですが、健康影響を考えるという観点からは、そうした「場の線量」のレベルよりも、個人個人が受ける「人の線量」が重要です。
福島県では、「県民健康管理調査」の一環として、「人の線量」の算定を進めています。各地点での線量率と、個人個人がいつ、どこに、どれほどの時間滞在したかについての情報(行動調査)を組み合わせて、個々の「人の線量」を推計する試みです。
これまでに発表されている結果(*3)では、放射線レベルが比較的高い地域(WHOの評価で「10から50ミリシーベルト」と評価された地区を含む)の一般住民の方62,576名の推計結果は、5ミリシーベルト未満が98.6%、10 ミリシーベルト未満が99.9%、最高で25ミリシーベルトとなっています。健康管理調査の結果を検討している専門家委員会では、この最高値であっても、放射線による健康影響があるとは考えにくい、としています。
- 健康影響を考えるなら「人の線量」
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このように、特定の「場の線量」に基づく線量評価では、より慎重に、より安全にという考え方のもとに推定が行われるので、現実に人が受けている「人の線量」に比べて高い数値として評価される傾向があります。
必ずしも「場の線量」を全面的に下げなくとも、人の被ばく線量を抑えることは可能です。生活環境の中の各地点の線量を把握した上で、線量率が高い場所にはなるべく近づかない、といった工夫により線量を低く抑えることができます。当然、人が頻繁に行き来する場所については、除染を優先することになるでしょう。一方で、人があまり出入りしない、あるいは除染が困難な場所については、立ち入りを制限して近づかないことで被ばくを防ぐという方策も考えられます。除染の手間や費用、発生する放射性廃棄物の量などとともに、「人の線量」にも配慮して、選択肢の優先順位を考えるべきです。
- おわりに
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現在、元の生活の場への帰還を視野に入れて、避難区域等の見直しが行われています。この場合にも、区割りの目安には「場の線量」が採用されています。「年間積算線量が確実に20ミリシーベルト以下となることが確認された地域を『避難指示解除準備区域』とする」といった具合です。
今後の帰還とそれに続く復旧・復興作業では、被ばく線量の管理についてもよりきめ細かい対応が求められ、「場の線量」を把握するだけでなく、より現実的な「人の線量」の評価が必要となります。
すでに個人線量計(ガラスバッジなど)を住民に配布し、「人の線量」の測定を実施している自治体もあるようです。先に述べた「県民健康管理調査」では、県民一人一人について線量と健康状況の記録を「県民健康ファイル」として記録し、保管する仕組みを整えています。個人線量計の測定結果も、このような形で収集・集約することにより、より有効に活用できるかもしれません。
- *1 WHO "Preliminary dose estimation from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami"
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/44877/1/9789241503662_eng.pdf - *2 WHO "Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011
Great East Japan earthquake and tsunami, based on a preliminary dose estimation"
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/78218/1/9789241505130_eng.pdf - *3 第10回「県民健康管理調査」検討委員会(平成25年2月13日開催)
資料1 県民健康管理調査「基本調査」の実施状況について
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/6454.pdf
酒井 一夫
(独)放射線医学総合研究所 放射線防護研究センター長
東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻客員教授